マグロ・サンダーボルト #3
『フユコ……トチノキ…』冷たいコンクリートのフートンに身を横たえ、ニンジャスレイヤーは悪夢を見ていた。彼の精神は今、暗黒の只中で燃え尽きるローソクの火めいて不確かだった。だが憎悪が……憎悪が再び彼に力を与え、その意識を傷だらけの肉体へと呼び戻すのだ。『…ニンジャ……殺すべし!』1
2014-05-20 14:05:22偶然にも鼻孔から吸引されたトロ粉末と、クローンヤクザに注射されたZBRアドレナリンが化学反応を起こし、彼のニューロンを癒していた。ニンジャスレイヤーの片眼が開く。それはナラク・ニンジャの眼だ。ナラクは異状を察知し、警告を発した。『フジキド……!フジキドよ……目覚めよ……!』 2
2014-05-20 14:09:32「ここは……」両の瞳が黒へと戻り、開かれる。ニンジャスレイヤーはめまいを撥ねのけながら、上半身を起こした。刹那、水平感知システムが作動!BEEP音を発する!胸部に固定された大型赤色液晶LEDに「時速0km」「健康サイン」の文字が表示!ジゴクへと向かう死の遊戯が始まったのだ! 3
2014-05-20 14:16:33「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはカラテで固定具をねじ切らんとす。だがその直前、処刑装置は奥ゆかしい電子マイコ音声で自動アナウンスを行った。『オハヨウゴザイマスドスエ。装置の着脱、破壊、ハッキング行為、および電波の届かないエリアに向かうことはルール違反とみなされ、爆死ドスエ』 4
2014-05-20 14:24:48ナムアミダブツ!彼はとっさに、装置固定金属ベルトから手を離した。あと少しでも警告が遅ければ、ネオサイタマの死神はこの暗い廃ビルの一室で、ハイクを詠む暇すら無く、ブザマな死をとげていたであろう。彼は額に汗を滲ませ、ニンジャセンスを全方位に研ぎ澄ました。だが周囲に敵の気配はゼロ。 5
2014-05-20 14:29:18遠く離れたサムライヘルム・オブ・デス・クランのビルでも、イシイ・ウェイダが銀色の卓上マイクの前で、額に汗を滲ませていた。横に立つウィンドブラストがごくりと唾を呑む。「お目覚めのようだな、ニンジャスレイヤー=サン」ウェイダの声はIRCを介し、装置の胸部から電子音声で再生された。 6
2014-05-20 14:37:26イシイ・ウェイダの狙いは、アマクダリ・セクトが事態を察知する前に、ニンジャスレイヤーを爆死させることだ。だが爆破装置の遠隔アクティベートは、当然ながら不可能である。ゆえにまず、死神をこのゲームに引き込みマグロめいて走らせねばならない。ここが正念場なのだ。ウェイダが汗を拭った。 7
2014-05-20 14:45:02「オヌシ、何者だ。アマクダリか」死神は鉛めいて重い頭を抱え、立ち上がった。「君は質問する立場に無い。君が知るべきなのはルールだ」「ルールだと」『ウォーミングアップの開始ドスエ。時速5キロからドスエ。カラダニキヲツケテネ』電子マイコ音声がプログラムされた自動アナウンスを行った。 8
2014-05-20 14:50:04満身創痍のニンジャスレイヤーは歩き出し、そして、廃ビルの回廊を走り始めた。全力疾走時のスプリント・スタイルではない。拳を自然に握り脇を軽く締めた、マラソン・スタイルだ。長く過酷な戦いになるだろう。胸のLED液晶モニタに光るデジ数字が、5キロと6キロの間で小刻みに入れ替わった。9
2014-05-20 14:58:51「ニンジャスレイヤー=サン!君は走り続けなければならない。マグロのように!ペースダウンした時、君はその装置もろとも爆死するのだ!」ウェイダの通信に熱が籠る。「…解除方法を言え」死神が問う。もっともな疑問だ。勝利条件を、生存の望みを与えねば、敵をゲームに引き込むことはできぬ。 10
2014-05-20 15:06:38ニンジャスレイヤーは廃ビルの出口へ向かって走りながら、答えを待った。「……勝利条件は、爆死前にコントロールルームへ到達し私を殺すか、あるいは24時間走り続けることだ」「オヌシは何処だ」「いずれヒントをやろう。まずは走り続けることだ!」居丈高な笑い声とともに通信は切断された。 11
2014-05-20 15:12:24『ペースアップの時間ドスエ。時速10キロドスエ』処刑装置が無慈悲なカウントアップを告げる。BEEP!BEEP!アラート音が発せられた。胸の液晶モニタの数字は6キロ。この状態が続けば爆死である!「ヌゥーッ……!」ニンジャスレイヤーは唸り声を上げながら、ペースアップを開始した。 12
2014-05-20 15:17:57未だ肉体が軋む。何故このような事態に陥ったのか。果たして敵は何者なのか。ニンジャスレイヤーは駆けながら、覚醒間もないニューロンの中で問うた。フジキドとナラクは過酷な戦いで精魂尽き果て、無人廃ビルの階段下で共に休眠状態に入っていた。ニンジャが接近すれば、察知できたかもしれぬ。 13
2014-05-20 15:26:34だが彼らは眠り続け、何者かの手で階段下から一室に運ばれていた。さらに薬物投与の上、処刑装置をつけられ放置されたのだ。殺そうと思えば殺せた筈。敵は己をいたぶり殺す気なのだ。ニンジャスレイヤーは姿見えぬ卑劣な敵に抗うように、シャッターをハードル競技めいて蹴破りスラムへ飛び出した。14
2014-05-20 15:34:22冷たい重金属酸性雨が死神を出迎えた。『警告ドスエ。同じエリアに留まり続けた場合もルール違反とみなし、爆死ドスエ』電子マイコ音声が告げる。彼は無表情な殺戮者の目で走り続けた。スシを補給したい。だがウカツに動けば死。まずはルールに従い、この装置の全貌を解き明かさねば……! 15
2014-05-20 15:39:51「見たか……やったぞ!奴は終わりの無いゲームに足を突っ込んだ!絶対に勝利できぬゲームにな!」ウェイダは喉を鳴らし笑った!「ボス、完璧でした。奴は生存の望みがあると信じたでしょう」「あのメッセージはな、ジェイクのために考案していたものだ。咄嗟の出任せじゃあ、こうはいかねえ!」 16
2014-05-20 15:51:42「数時間後、目標速度は100キロを超える」「100キロ……!」ウィンドブラストは息を吐いた。仮に100キロで全力疾走中に爆発した時の破壊力は、運動エネルギーにより静止時の何倍にもなるだろう。ニンジャである彼すら戦慄させる処刑装置なのだ!「そして、24時間後には数百キロだ」 17
2014-05-20 16:07:24「数百キロ……!」ウィンドブラストは再び身震いし、息を吐いた。それは人類には……いや、たとえニンジャソウル憑依者の短距離スプリントであっても達成不可能と思われる、途方もない数値であった。「ボス、つまり24時間走り続けることは理論的に不可能…」「ああそうだ」ウェイダは笑った。 18
2014-05-20 16:10:03「では、もうひとつの条件は」「ハッキングをしねえ限り、この場所は割り出せねえ。だがハッキングを試みた途端に……KABOOOM!奴は腰から上が消し飛び、ブザマな死体を晒す」ウェイダは無慈悲な表情で葉巻を燻らせた。「楽しませてもらおうじゃねえか、ネオサイタマの死神とやら……!」 19
2014-05-20 16:16:02……1時間後。室内にはサムライヘルム・オブ・デス・クラン内のグレーターヤクザ上位4名が呼び集められていた。皆、その額や掌をじっとりと汗ばませている。血で血を洗うヤクザクラン間抗争の開始にも匹敵するほどの、ただならぬ剣呑アトモスフィアが、場を支配している。 21
2014-05-20 16:23:55ウェイダたちは固唾を飲み、2×4に配列された大型モニタの映像を見つめている。処刑装置に内蔵されたカメラが爆殺目標の表情を下からとらえた映像。および足元をとらえた映像。さらには爆殺目標の現在地点マップ、および時速、心拍数、震動パターン、脈拍数、トータル歩数、体温、などだ。 22
2014-05-20 16:32:00「ウェイダ=サン、信じ難いデータです」この装置をプログラムしたクラン専属のハッカーが、己のハンドヘルドUNIXに示されたシミュレーション結果を見て顔を青ざめさせた。「勿体ぶるんじゃねえ、とっとと言え!」「アッハイ……や、奴は、覚醒後から急激に健康状態を回復しています……!」 23
2014-05-20 16:36:13実際その通りであった。長時間に及ぶ休眠から醒めたニンジャスレイヤーは、時速30キロで1回、さらに時速40キロで1回、スシデリバリー・バイクの背後を走り巧みに後部積荷のスシを奪い、これを摂取していたのだ。「し、信じ難いことですが、奴は24時間……走り切るやもしれません……!」 24
2014-05-20 16:43:00