「レイジ・アゲンスト・トーフ」 エピソード6 「ナラク・ウィズイン」 #1
第1巻「ネオサイタマ炎上」より 「レイジ・アゲンスト・トーフ」 エピソード6「ナラク・ウィズイン」
2010-11-06 19:55:56突入からわずか30分足らずで、サカイエサン・トーフ工場は地獄へと変わっていた。そこかしこから火の手が上がり、未精練トーフエキスが工場区画全域に撒き散らされ、あの独特の鼻を突く異臭が充満していた。脱出できたトーフ労働者らは、マストドンが蟻に食い殺される様子を映画のように眺めている。
2010-11-06 20:00:50黒塗りのヘリコプター数台が、ハゲタカのように不気味に上空を旋回しているが、その機体には所属先を示す記号がまったく存在しない。さらにその上空には、ソウカイ・シックスゲイツの斥候役ニンジャ「ヘルカイト」が、強化和紙とバイオバンブーで作られた四角いステルス凧で、空を自在に舞っていた。
2010-11-06 20:05:43ヘルカイトが撮影した映像は、まず首領ラオモト・カンのもとへとリアルタイムで送信され、そこから彼のネコソギ・ファンド社の提携企業いくつかを介して、ネオサイタマ全域へ匿名のニュース速報としてリレイされてゆく。オイラン天気予報が中断し、深刻な顔つきのオイランニュースキャスターが現れた。
2010-11-06 20:10:34「ナムアミダブツ、恐ろしいニュースです」キャスターの声にあわせ字幕が流れ、暴徒、破壊、サカイエサンなどの文字だけが抽出されて、扇情的なサイバーミンチョ体で画面に躍った。直後、サカイエサン・トーフ社の株価は30%以上下落。数百人以上のアナリストや投資家がセプクやケジメを強いられた。
2010-11-06 20:19:24「何故マッポが出動しないんだ!」「アイエエエ! IRCがハッキングされて救援を呼べません!」重役室でヒョウロクとサナダが悲鳴をあげる。彼らは知る由もなかったが、ネットワークはダイダロスのハッキングによって遮断され、マッポの偵察ヘリはヘルカイトのヤリ攻撃によって撃墜されていたのだ。
2010-11-06 21:22:46また、暴徒鎮圧のスペシャリストであるネオサイタマ市警のケンドー機動隊も、コケシ第七地区で先週から続くバイオスモトリ捕獲作戦に人手を割かれていた。この状況下において、本格的なマッポの到着には、あと最低でも一時間を要するだろう。それだけの時間があれば、ソウカイヤにとっては十分なのだ。
2010-11-06 21:27:15「イヤーッ!」機械義手が激しいピストン運動をくり出し、クローンヤクザの振るうセラミック・マサカリを砕く。 地獄と化したトーフ工場の中心部で、テクノカラテに目覚めたシガキ・サイゼンは、迫り来るクローンヤクザや敵味方の区別さえつかなくなった暴徒たちを次々とサンズ・リバーに送っていた。
2010-11-06 21:32:11あちこちで警報ボンボリが赤く明滅し、ブザー音が鳴り響く。苦行者じみたシガキの顔と、くたびれたケブラー・トレンチコートは、鮮烈な返り血と白いトーフエキスに染まっていた。オツヤじみた黒と灰色の世界だったトーフ工場は、いまや紅と白で塗りつぶされ、平安時代の宴のような有様だった。
2010-11-06 21:35:58大豆を豊富に含んだオーガニック・トーフを貪り食う暴徒たちに対し、暴徒鎮圧用ショック・ヌンチャクで殴りかかるバイオヤクザY-10たち。それをさらに背後から襲う、新たな暴徒たちの波……ナムサン! これぞまさに、古事記に予言された最終戦争の時代、すなわちマッポーの世の一側面であった。
2010-11-06 21:38:14死体の山の上で、シガキは大立ち回りを演じていた。「イヤーッ!」「グワーッ!」闇雲に突進してきたバイオヤクザたちが、チョップを受けて悶死し、死体の山をさらに高くする。旧式戦闘義手はしばしば動作を停止するため、シガキはそのたびに舌打ちしながらスターター紐を引き絞らねばならなかった。
2010-11-06 21:42:22シガキの胸のうちでは、どす黒い葛藤がイカスミ・ナルトのように渦巻いていた。彼の当初の目的はふたつ。まずは、前衛墨絵のモチーフにするための壮絶な光景をその目に焼き付けること。そして、最新の精密作業用義手を買うためのカネを略奪することであった。 だが、この有様は何であるか?
2010-11-06 21:46:32「「「俺は墨絵などではなく、カラテをやるべきだったのか?!」」」 おお! 頭の中で響き渡るその声を認めれば、彼はたちまち存在意義を失い、廃人と化してしまうだろう! シガキは工場で働いていた時のように心を閉ざし、マグロの眼になった。トーフをプレスするように、淡々と敵を殺戮するのだ。
2010-11-06 21:50:23「アイエエエエエ!」シガキは心の葛藤を痛々しい悲鳴として発しながら、テクノカラテを振るった。カラテパンチのインパクトと同時に、サイバー義手の手首に仕込まれたモーターが高速回転して四連油圧シリンダを激しくピストン運動させ、金属製のナックル部分を時速200キロの速度で何度も押し出す!
2010-11-06 21:54:17「ジェネレータ損傷、ジェネレータ損傷」不意に、トーフ工場全域に電子音声の警告音が流れた。「全職員は速やかに脱出してください。五秒後に全セキュリティロックが解除されます。ヨロシク・オネガイシマス」 これまで閉ざされたあらゆるドアのロックが開き、破壊に飢えた暴徒たちが気勢をあげる。
2010-11-06 21:59:58「マーベラス…」薄暗い中央電算機室では、何十台もの監視モニタ映像を見ながら、ビホルダーが満足そうにひとりごちた。彼がセキュリティロックの解除ボタンを押したのだ。突入時の映像記録は、すべて消去済みである。トレーラー部隊も、スクラップ工場に運ばれている。痕跡は何一つ残っていない。
2010-11-06 22:04:35工場区画。シガキはそこから数百フィート上、西側の壁に司令室のごとくせり出す床の間を、防弾ガラスごしに見上げていた。重役室だ。セキュリティロックが解除されているなら、上長の監視台からあの階まで直通のエレベータが使える。シガキはケブラー・トレンチコートを翻し、死体の山から飛び降りた。
2010-11-06 22:08:25「アイエエエ! オッ、オイシイ! オイシイけど、動けない!」「アイエエエエエ! 助けて! あっ、シガキ=サン!」 見覚えのあるコケシ労働者二人が、エレベータへと走るシガキを呼び止める。彼らはクローンヤクザにサスマタで捕獲されながらも、麻薬的にうまい大豆100%トーフを貪っていた。
2010-11-06 22:12:30シガキは一瞬、その場で立ち止まった。しかし再びトレンチコートを翻し、まっしぐらにエレベーターへと向かう。ひときわ大きな「アイエエエエエ!」という声が、背後で響いたような気がした。シガキは自分の魂と信念がトーフのようにプレスされて、真っ白く薄く無視質な塊に変わるような痛みを覚えた。
2010-11-06 22:14:26「屋上のヘリで逃げましょう、サナダ=サン」「待ってください、金庫の中にある大トロ粉末や、そこにあるUNIXのデータを消去しておかないと!」「とんだイディオットですね! 今すぐセプクしてほしいくらいだ!」「何ですって!」重役室では、二人のカチグミ・サラリマンが互いを罵り合っていた。
2010-11-06 22:18:19ズンズンズンズズポーウ、ズンズンズンズズポポーウ! 音響システムが誤作動し、サイバーテクノが重役室に鳴り響いた。それがサナダとヒョウロクのニューロンを逆撫でし、取っ組み合いの乱闘を招く。黒漆塗りの壁に何枚も貼られた豊かさの象徴、キョート旅行のペナントが不吉に傾き、はらりと落ちた。
2010-11-06 22:26:31イタマエの老人はすでに逃げ出した後だ。オイランドロイドたちのAIは状況が理解できず、明滅する非常ボンボリとサイバーテクノの条件反射でマイコ回路をランさせ、虚無的な笑顔でポールダンスを踊っていた。重役警護のために駆けつけたクローンヤクザ十体は、命令を待ち部屋の隅に立ち尽くしている。
2010-11-06 22:28:49「イヤーッ!」スケロクの墨絵が描かれた重役室のフスマが蹴破られ、シガキ・サイゼンが殴りこんできた。「アイエエエエ!」カチグミたちは恐怖の絶叫をあげる。「ザッケンナコラー!」条件反射的にヤクザ軍団がカタナを構え切りかかるが、テクノカラテの敵ではなかった。「イヤーッ!」「グワーッ!」
2010-11-06 22:29:53