そんじゃ次はSIer酷い話ランキングだが、ちょっとまあ過去のあれとか地雷だらけなんで訴訟にならん範囲で。
2014-06-03 23:18:43第5位:「鍬田さんが来るとわかっていたならこんなもん採用してなかったよ事件」 えー、これは俺が比較的初期からいた某プロジェクトの話。そのプロジェクトではとあるマイナーなバージョン管理システムの導入が既に決定事項になっていたのだが、その理由の一つはCVSわかる人がいなかったから。
2014-06-03 23:21:55「CVS以下」というあたりが世も末だが、その理由の一つはEclipseプラグインの出来が大変アレで、マージ作業もCVS以下のナニで、最終的にどういう運用になったかというとリポジトリへはコミットのみで最新のソースは毎朝一回zipで配布、作業するファイルはロック必須という地獄絵図。
2014-06-03 23:25:05当時はデイリービルドなんてなかったというかできるマシンの空きがなかったので、その運用が決まる前は俺がコンパイルの通る状態になるように一人で修正しまくっていたりした。後に運用について話し合っている時に、開発環境の担当が頭抱えて俺に言ったのが冒頭のフレーズ。
2014-06-03 23:29:01@7mmtwtff そう言っていただけるとアホみたいに時間かけてプレイ記録を書いた甲斐がありますね。
2014-06-03 23:31:20プロジェクトの規模が規模だけに俺に権限がなかった&後から修正できなかったのは理解しているが、だからといってあんなもんにしなくても、ねえという。というか当時俺がいなかったらアレどうするつもりだったんだろう。先行開発でコンパイル通らない状態が平気で続いていたんだが。
2014-06-03 23:36:22第4位「鍬田がなんとかするから大丈夫!→コンペで落ちたので別の意味で大丈夫事件」 これは実際にプロジェクトが始まったわけではないので多分セーフ。当時他に誰もC#知ってる奴がいない状態でC#の案件を請けようとした事があって、まあタイトルの通りの事になったわけですよ。
2014-06-03 23:40:51その時ですね、俺上司に聞いたんですよ。「これ受注できてたらどうするつもりだったんですか」って。そしたらですね、「お前が他のメンバーにC#を教えれば問題ないやろ。」という答えが返ってきて、いやこれ受注できてたら酷い話ランキングの1位もあったかもしれん。
2014-06-03 23:43:57まあ当時は何かの間違いで業界経験者を中途で数人採用できたりしたんで上司なりの勝算があったのかもしれんが、いやあんたJavaしかわからんし他のプログラミングパラダイム知らん人間に概念レベルから短期間で教えるのは骨ですよ、骨。
2014-06-03 23:49:27@t_yano 例のその上司はプログラマの能力差はむしろわかってる方で(本人も会社の中ではかなりプログラムが書ける方)、わかった上で俺に他のメンバーの能力をブーストさせる仕事もさせようとしてた。
2014-06-03 23:51:39上司本人はまあプログラムが書ける方で相応に勉強熱心だったのだが、だからなのか他の従業員のモチベーションを高く見積り過ぎていたし、俺の能力もわかっていたので時々そういう夢を見ていたりしたのだな。
2014-06-03 23:54:22第3位「消えた新人!尻拭いは鍬田事件」 まあSIerの下請けなんてのは単価の安い新人を平気で抱き合わせ販売で現場に突っ込むものだが、それで来た新人が凄かった。未経験&研修は一ヶ月で基盤のフレームワークチームに投入という、物凄い罰ゲームだった。
2014-06-04 00:01:17まあその新人は根本的に知的労働に向いてないんじゃねえのと思うところも多々あったが、まあそれを差し引いても一ヶ月の研修でSIer独自のフレームワーク(当然Webに資料なんてないので勉強できない)のコードいじるチームに配属というのは酷すぎたね。
2014-06-04 00:08:09その新人は当然逃亡、それで空いた穴は当時既にオーバーワーク気味だった俺がかなりの分を背負い込む形になった。あれが俺のいたチーム唯一の脱落者だったが、無理して続けて精神をやっちまうよりは余程マシだったのは事実だろうな。
2014-06-04 00:10:46第2位「A paperless office nightmare comes true. 電子証跡vs鍬田事件」 某プロジェクトでは例によってプログラム設計書→設計書レビュー→実装→実装レビュー→単体テスト計画書→計画書レビュー→テスト実施→証跡のレビューとやっていた。
2014-06-04 00:25:38それでその際にいちいち紙に印刷してレビューという工程だったので、まあプリンタには毎度長蛇の列で生産性なんてウンコだったわけだが、それじゃあかんという事である時期を境にペーパーレス化がされたのだが、これが悪かった。
2014-06-04 00:27:56まず「ちょっとでもJavadocの文言が修正されたらプログラム設計書の修正になるので単体テストまでやり直し」「テストの証跡はIDEのスクリーンショットとログをExcelに貼ったもの」という開発規約の時点でウンコだったのだが、今度はその結果をPDF化するわけです。
2014-06-04 00:32:00それでそのPDFは編集可能なPDFにするわけですが、そのためのソフトは限られたマシンにしかインストールされてないわけで、今度はそこでスタックするわけです。さらにその電子化された証跡はファイルサーバで管理され、別にバージョン管理ツールのリビジョンと対応したりしないわけです。
2014-06-04 00:34:18それで俺のいたチームは基盤チームなので開発規約のうち文書の細かい文言についての規約が定まる前に先行開発が始まっていたのだが、その後に規約が固まったので基盤チームもそれに従えというお達しがあり、それに従うとただでさえオーバーワーク&遅延していた基盤チームは即死なわけだ。
2014-06-04 00:38:11なので当時俺はもう現場の上司の頭を越えて作業するのが日常茶飯事だったのだが、やはりもうこれはダメだということでさらなる越権行為で元請けと交渉、基盤チームについてはいろいろと猶予と免除をもらってギリギリで切り抜けた。
2014-06-04 00:39:54それにバカ正直に従っていた別のチームはその皺寄せで単体テストがゴミというかかなり未実施で、結合テストでキッカー付きウルザの激怒レベルで火を吹いたそうだ。と同時に例の電子化された証跡なんてろくに確認されてなかった事も発覚。当時俺は既に離任していたが、俺の行動は間違いなく正しかった。
2014-06-04 00:43:09第1位「そして鍬田はいなくなった。twitterで退職実況事件」 これは俺がtwitter始めた頃からフォローしてる人はリアルタイムで見てたと思う。SIerの仕事と直接関係はないが、ある意味で一番酷い話なのでね。
2014-06-04 00:52:23当時の状況はリーマンショックの影響でバンバンプロジェクトが中止になり、会社としてもいろいろ暇で自宅待機がそれなりにいた時期だった。まあ俺は一応仕事はしていたが既にモチベーションは0で、日記には「そろそろ身の振り考えた方がいいな」などと書いていた。
2014-06-04 00:54:07