ただただ誠意を持って話を聞くだけならば、それはその実、放置と変わらない

誰かの話を聞く際にも、傾聴の効果を期待するのなら、お互いに目的を共有することがとても大切なことになってくる。
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medtoolz @medtoolz

間違った問題認識と無目的な解決手段がぶつかる場所でコミュニケーションが始まる。問題を共有できて、解決の担当者がお互いの役割を見出すことでコミュニケーションが成立する。役割とはもしかしたら欺瞞だけれど、問題の解決にはそれで十分であったりもする。

2014-06-09 12:25:32
medtoolz @medtoolz

普段の会話は苦手であっても、ゲームの世界では饒舌になれる。ゲームの世界には魔王みたいな解決すべき問題が用意されていて、プレイヤーには職種が割り振られ、役割ごとにできること、できないことが明示される。コミュニケーションを始めるにあたって、一番面倒な工程はここで終わっている。

2014-06-09 12:26:34
medtoolz @medtoolz

私が、全部私が、とまじめで熱心な人と共同作業をするのは難しい。その人が有能ならば全部任せてしまえば自分の側は観客になってしまうから、コミュニケーションをとる意味が無い。その人の熱心が、熱心が生み出す成果を飛び越えてしまうと、今度は分業の提案が、熱心の否定と受け取られてしまう

2014-06-09 12:27:36
medtoolz @medtoolz

ゲームの世界なら、魔法を使えない戦士に魔法使いが援助を申し出て、それを自己否定と受け止める可能性はない。役割の分配はリーダーの大切な業務で、熱心を成果に結びつけることが難しい誰かをどうにかするときの鍵になってくる

2014-06-09 12:28:37
medtoolz @medtoolz

説得と論破は反対の効果を持つ。外から見れば、話者が相手にしゃべっている情景は変わらないけれど、説得はそれを通じて相手を目的に誘導する。論破は逆に、話者の目的をあえて放棄してみせることで、勝利を確実にする方法にほかならない。

2014-06-09 12:29:38
medtoolz @medtoolz

傾聴と対になる単語が何なのか、未だによく分からない。「ただ壁みたいに聞くこと」を意味する単語。両方ともやっていることはただ聞くだけだからよく似ている。傾聴は聞くだけなのに、その人を目的に向かって強力に誘導する。語る誰かをただ放置してしまうと、その人は話すことをやめてしまう。

2014-06-09 12:30:47
medtoolz @medtoolz

@Poker_April 傾聴するのと聞き流すのと、という言い回しは使いやすそうですね。ありがとうございます

2014-06-09 12:43:48
medtoolz @medtoolz

見守るだけのリハビリが特集されていた。足が不自由な人を歩けるように援助する際には、その人のあらゆる不自由を介助してしまうのも一つの方法だし、逆に手を出さずに見守って、その人が自分なりの歩行を見出すことも立派な援助になる。手を出すにせよ見守るにせよ、専門家の技量が欠かせない

2014-06-09 12:31:50
medtoolz @medtoolz

見守るだけでいいのならば素人でもいいのかといえば、違うのだと思う。不自由な誰かを介助できる技量、たとえば理学療法士の技量があってはじめて、その人を見守ることができる、あるいは見守りによるリハビリの効果が期待できる。ここを応援するだけの素人に置き換えてもたぶん効果が無い

2014-06-09 12:32:51
medtoolz @medtoolz

説得とは、選択枝の排除と同じ意味なのだと思う。たとえば刃物を持った男が街で目をぎらつかせれば、誰だって関わり合いになりたくないから逃げていく。男はそこにいる全ての人に勝利しているけれど、その勝利は結果として何も産まない。論破と勝利宣言は、自分はこういうイメージ

2014-06-09 12:33:54
medtoolz @medtoolz

目をぎらつかせた男が仮に医師免許を持っていて、武器として振りかざすのが刃物ではなく医学知識であったとしても、目的もなく振りかざされた武器がもたらす勝利というものは、説得ではなく狂人の暴力とあんまり変わらない。

2014-06-09 12:34:56
medtoolz @medtoolz

刃物を持った男が、開かれた街路ではなく若い女性と2人、エレベーターの中で刃物を振りかざしたら、殺されるかもしれないその状況に出くわした若い女性は、たぶんなんだって男の言うことを聞く。

2014-06-09 12:35:58
medtoolz @medtoolz

狂人の暴力と、犯罪者の恫喝とを隔てているのはエレベーターの箱であって、箱とはこの場合、逃げるという選択枝を状況から排除する装置でもある。暴力は、選択枝の剥脱と結びつくことで、説得の強力な道具へと変貌する。

2014-06-09 12:37:01
medtoolz @medtoolz

見守るだけのリハビリは、不自由を抱えた誰かと、援助の能力を持った療法士と、歩くなら歩くという目的を共有する。目的の共有とは選択枝の排除でもある。それ以外の選択肢が排除された状況を設定すれば、暴力や言葉を用いなくても、説得という目的が達成できる

2014-06-09 12:37:02
ネヨ筑摩屋松坊堂⋈ 🇺🇦 @chikumaya

@medtoolz 論破と説得は似て非なるものというのは,わたしも大学時代に民青同盟と革マルの不毛な論争を飽きるほど見て思い知りました.お互い一般学生に向けてこれこれこうやって相手を論破したぞとアジビラで自慢していたが,一般学生は興味なし

2014-06-09 12:38:01
medtoolz @medtoolz

@chikumaya 論破って、本来はそれを選択するのなら、その先をどうするの考え抜かないといけないですよね

2014-06-09 12:42:51
medtoolz @medtoolz

見守る人が療法士の知識を持っていない、たとえばただのマネキン人形であった場合、歩行を目指す誰かの思考が発散してしまう。専門知識やある種の視覚というものは、現状の共有と見解のすり合わせを開始するための入り口を提供してくれる。

2014-06-09 12:39:04
medtoolz @medtoolz

誰かの話を聞く際にも、傾聴の効果を期待するのなら、お互いに目的を共有することがとても大切なことになってくる。ただただ誠意を持って話を聞くだけならば、それはその実、放置と変わらない。ゲーム世界での会話体験は、そういう意味で傾聴に近い構造を持っている。恐らくは効果も。

2014-06-09 12:40:07