[即興秘封SS]秘封倶楽部と焼却炉

1時間で書いた即興秘封SS。ホラー系。
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つくし🐔🍗テイワットにいる @tsukushi_k

ここでよく訓練された秘封病患者は「昔の学校には焼却炉があったらしいわよ」というセリフから始まる短編をもうすでに書き始めている

2014-06-26 22:02:43
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「昔の学校には焼却炉があったらしいわよ」 相棒の口にした聞き慣れない単語に、私は振り向いた。 「焼却炉?」 「昔は校内のゴミを校内で燃やしてたみたいね。ダイオキシンとかが問題になって無くなったそうよ」 「へえ」 私は曖昧に頷く。闇に包まれたこの場所に響くのは、私と相棒の足音だけ。

2014-06-26 22:18:35
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「学校の中でも指折りの危険な場所だったから、昔は当然の帰結として、焼却炉に怪談はつきものだったらしいわ。焼却炉に隠れていた生徒がそのまま燃やされてしまって、今でも焼却炉からときどき呻き声が聞こえる――とか」 「米澤穂信の『玉野五十鈴の誉れ』思い出すからやめてほしいわ、そういうの」

2014-06-26 22:20:41
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

かつん、かつんと、静まりかえった暗闇の中に響く靴音。私は相棒の手を強く握り直して、それから横目に相棒の顔を見つめた。 「で、それが今回、私をこんなところに引っ張り出してきたのと、どう繋がるの?」 「そりゃあもちろん、結界暴きよ」 相棒は飄々と、猫のような笑みを浮かべて答えた。

2014-06-26 22:23:00
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

――廃校舎である。数年前に生徒数減少で廃校になり、取り壊しの予算もなく、そのまま放置された校外の小学校に、私と蓮子は忍び込んでいた。 相棒は結界暴きと言うけれど、単に夜の廃墟探索がしたかっただけなんじゃないかと思う。少なくとも今のところ、私の目には何も見えないし。

2014-06-26 22:28:04
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

とはいえ、学校として使われていた生活感の名残と、数年放置された結果としての荒廃が同居する廃校舎の中の気配は、さながら彼岸と此岸の境界線上にあるようで、なるほど確かに、こういう場所なら幽冥の境界がおぼろげになっていてもおかしくないかなとも思う。そこまで相棒が考えていたのかは謎だが。

2014-06-26 22:29:31
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「この小学校もね、廃校になったときには創立130年の伝統校だったらしいわ」 「130年ってことは、太平洋戦争終わってすぐ?それは確かに伝統校ね」 「ま、そんな伝統も時の流れの前には風の前の塵に同じ、なわけだけど。伝統校ならではの怪談があったわけよ」 「それが焼却炉?」 「イエス」

2014-06-26 22:33:16
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

創立130年といっても、創立当時の校舎をずっと使っていたわけでもあるまい。それでもやはり、廃校となって荒れたのもあるだろうが、全体的に校舎は古びて見えた。蓮子の手にした懐中電灯の光が、ヒビの入った壁や、廃校当時から貼られたままらしい色あせたポスターを照らし出している。

2014-06-26 22:37:40
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「昔、校内でかくれんぼをしていた児童が、こっそり火の落ちた焼却炉に隠れ、そのまま眠ってしまった。用務員さんがそれに気付かないまま焼却炉に火を入れてしまい――」 「だからやめて」 「それ以来、焼却炉からはときどき『熱いよ……熱いよ……』という呻き声が」 「やめてってば」

2014-06-26 22:39:14
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

自分の顎の下に懐中電灯をあてて、不気味に顔を照らし出しながら相棒は語る。自分の懐中電灯をその顔に向けた。「まぶしいまぶしい」と相棒は顔を逸らす。私は溜息。 「でも蓮子。焼却炉が撤去されたら普通はその噂も立ち消えになるんじゃないの?」 「それが、そうでもないのよ」

2014-06-26 22:41:04
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

帽子の庇を持ち上げて、相棒はここからが本番とばかりに、にっと笑った。 「焼却炉が撤去されたあとも、焼け死んだ少年の噂は語られ続けたらしいわ。黒焦げの少年が焼却炉を探して校舎を彷徨ってるとか、焼却炉のあった場所に人型の影が浮かび上がるとか――」

2014-06-26 22:42:45
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「妙ね。小学校の生徒は6年で入れ替わるでしょう。いくら元から噂があっても、大元の焼却炉の存在を知らない子供が中心になれば、噂は淘汰されるんじゃないの?」 「そう、妙でしょう。なぜ焼却炉がなくなっても焼却炉の少年の噂は生き残ったのか。実はそれには、ちゃんとした理由があるの」

2014-06-26 22:44:37
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「理由?」 私が振り返ると、相棒は不意に懐中電灯を消して、静かな声で言った。 「事実だったからよ」 「え?」 「本当にあったの。焼却炉に隠れた児童を、用務員さんが焼き殺してしまった事件が。100年ぐらい前に、この小学校で」 ――私は、思わず息を飲んだ。

2014-06-26 22:46:13
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「事実だったから、噂は廃校になるまで生き残った。そして噂が100年も生き残ったということは、それはもう、この小学校において、焼却炉の少年の噂そのものが事実と変わらないということだわ。焼け死んだ少年は、噂の中で永遠の命を与えられ、ひょっとしたら今もまだ、校舎の中を彷徨っている――」

2014-06-26 22:49:34
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「物理学の徒らしからぬ発言ね。だいいち、さすがに廃校になってしまったら、噂に立脚した存在は消えるしかないんじゃない?」 「だから、それをメリーと確かめてみたいわけよ。――とりあえず、焼却炉のあった校舎裏の方を見に行くわよ」 相棒は懐中電灯をつけなおすと、私の手を引いた。

2014-06-26 22:51:54
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

かつん、かつん……。 土足で上がり込んだ私たちの靴が、リノリウムの床に硬い音をたてる。 私と蓮子は不意に黙り込んだまま、廊下を進む。保健室の前を横切り、角を曲がると、教室がずらりと並んでいる。相棒によれば、焼却炉はこの廊下の突き当たりから外に出た、体育館の脇だという。

2014-06-26 22:56:37
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

途中、入口のドアが外れている教室があり、私はふとそちらに懐中電灯の光を向けてみた。もはや使われることもない机や椅子がまだ放置されている。もちろん、そこに誰もいるはずがない。 誰もいない教室って、どうして妙に不気味なのかしら。そんなことを思いながら、視線を廊下に戻そうとしたとき。

2014-06-26 22:58:29
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

――私の懐中電灯の光の中を、さっと黒い影が横切ったような気がした。 「……!」 私は息を飲んで、懐中電灯で教室の中をくまなく照らす。だが、そこにはただ無人の荒れた教室があるだけだ。 ――じゃあ、今の影はどこへ? 「メリー、どうかした?」 「……ううん」 私は相棒の問いに首を振る。

2014-06-26 22:59:59
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

見間違いだろう。私は自分にそう言い聞かせて、汗を掻いていた掌を拭い、相棒の手を握り直した。そうして、再び廊下を歩き出し――、 ……ぺた、……ぺた、……ぺた と。 足音が。 どこかから、微かに、聞こえた。 「――――――!!」 背筋が総毛立って、私は立ちすくむ。

2014-06-26 23:01:54
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

……ぺた、……ぺた、……ぺた それは、リノリウムの床を素足であるいているような足音だった。私や蓮子の足音の反響ではありえない。ふたりとも靴を履いている。 じゃあ、誰の? 誰がこんな、荒れた廃校舎内に、素足で入り込むというのだ? ……ぺた、……ぺた、……ぺた 足音は消えない。

2014-06-26 23:03:22
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

むしろ、少しずつ近付いてくるようにも聞こえる。どこから? いったい誰が? 「ねえ、蓮子――」 私は囁くように、隣の相棒に呼びかけようとした。だが、そのとき――、 私と蓮子の懐中電灯が、同時にふっと消えて、あたりは完全な闇に閉ざされた。 「蓮子――」

2014-06-26 23:05:14
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

……ぺた、……ぺた、……ぺた 足音が近付いてくる。私は恐怖を紛らわそうと、相棒の手をもう一度強く握り直そうとして――違和感を覚えた。 「実はね……100年前の児童焼死事件には、後日談があるの」 「蓮子?」 握りしめた蓮子の手が、なぜか異様にカサついていた。

2014-06-26 23:08:22
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「焼死した少年の母親が半狂乱になってね……葬儀の場で、火を点けてしまった用務員さんを隠し持っていたナイフで刺した。用務員さんはその傷がもとで結局亡くなってしまい、母親は逮捕された」 「ちょっと、蓮子――」 ……ぺた、……ぺた、ぺた、 足音が、はっきりと、近付いてくる。

2014-06-26 23:10:28
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「だからね……この学校を彷徨っているのは、焼死した少年だけじゃない……」 ……ぺた、ぺた、ぺた、 「撤去されてしまった焼却炉を探して……もうひとり、用務員さんが彷徨っている……」 ぺた、ぺた、ぺた、ぺた、 「焼き殺してしまった僕を、助けようとね……彷徨っているんだ」

2014-06-26 23:12:27
浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

闇だ。 私の視界は闇に閉ざされて、隣にいる相棒の顔が見えない。 そこにあるのはただ、闇だけだ。 どこまでも、何もかもを飲みこむような底なしの、黒い――、 「だけど……僕はもう……」 ぺた、ぺた、ぺたぺたぺた…… 「こんなに真っ黒焦げになってしまったから、見つけられないんだ」

2014-06-26 23:14:23