14/07/23桜井先生スチパンＳＳ

桜井光 @h_sakura

──そいつは、鳥人（バードマン）だった。

桜井光 @h_sakura

カナダ連邦、ウェストバンクーバー。1909年。何処の空も大して変わらない。灰色の空。灰色の雲。それでも、この国が「清浄」を売りにしているのは彼方に見える連峰の色合いのためか。

桜井光 @h_sakura

ライオオンズ・ゲート・ブリッジを延々歩いて、スタンレーパークへと渡る。世界一の緑が残る公園らしいが、都市の公園ってものはどれもこれも同じに見える。違うのは広さだけ。くすんだ緑、やや薄い煤煙の匂い。

桜井光 @h_sakura

『単独行動はお勧めできません、マイケル』真鍮製のごてごてした機械が組み込まれた腕時計から、声。合成音声。相棒の声がする。

桜井光 @h_sakura

相棒──愛用の蒸気自動車は、ウェストバンクーバーの路上に停めてある。海辺のやけに長い橋を隔てている訳で、流石に距離が在りすぎると心配しているのだろう。機械の癖に、車輪四つの相棒は随分と心配性だ。それがあれの美点でもあるが。

桜井光 @h_sakura

「いいんだよ、キット。一人で来いって話だ、俺はハイスクール時代からフェアプレーで通ってる」『またクォーターバックの頃の話ですか』「反復学習だ。記憶しておけよ、フラッシュじゃなくてハード・ドライブにだ」

桜井光 @h_sakura

相棒と適当に語らいながら、指定地点へ至る。やけに大きな常緑樹の下。時間はぴったり午後三時ちょうど（ジャスト）。一流の探偵は自然と時間を守るものだ。

桜井光 @h_sakura

奴はそこにいた。樹の陰。深く深くフードを被った男だった。背はそこそこ高い。体格はそこそこ良い。妙なコートを着込んでいる。コート？　そうか？

桜井光 @h_sakura

「へえ」面白い。一見すれば確かにコートとフードの男だろうが、このピンカートン探偵社上級探偵たるG=H・マイケル・ティールの目は誤魔化せやしない。つまり。

桜井光 @h_sakura

つまり、コートではない。

桜井光 @h_sakura

翼だ。それは。 コートなり該当なりに見えるよう、よくよく偽装されてはいるが──

桜井光 @h_sakura

──鳥人（バードマン）だった。 よく見ればフードの下には嘴らしい輪郭が見える。こいつは驚いた。

桜井光 @h_sakura

「あんまり驚いたって顔じゃあねえな、探偵さん」「これでも驚いてるつもりなんだがね。仕事柄、あれこれと見慣れないものは見てきちまったもんで」「そいつは良かった」嘴から声がする。人間の声。男の声。

桜井光 @h_sakura

「それで？」紙巻きをくわえて、真鍮製ライターで火を点けつつ「南米のあたりじゃジャガーの男とやり合ったって上級探偵もいるが、俺は鳥人とやり合わなきゃいかんのかね」紫煙を吐く。

桜井光 @h_sakura

「まさか。俺はただの郵便屋だ。昔はあれこれ荒事もしたが、今は正真正銘のカタギそのもの。それに、郵便屋ってのは故郷じゃ割合によくある仕事だぜ」「空飛ぶ郵便屋か」「よく分かったな」　これは流石に驚いた。飛ぶのか、この鳥人は。

桜井光 @h_sakura

「んじゃ、お手紙貰うとするか。空飛ぶ郵便屋」「あー」　鳥人が肩を竦める。器用なもんだ。　「今回は手紙じゃない、伝言だ。形には残すなとさ」

桜井光 @h_sakura

嫌な予感がする。匂いもする。これは厄介事の匂いだ。英国の海軍諜報部あたり──最近は政府の諜報部になったんだったか──じゃ残したくない命令ってのは焼却する伝統があるとか聞くが、そういうものは大抵が厄介事だ。

桜井光 @h_sakura

だいたい、カナダ連邦だ。こいつがまず良くない。ピンカートン探偵社の後援者（スポンサー）のひとりであらせられるＢ卿のお膝元。相棒を走らせれば数時間もせずにご挨拶ができる距離。いかにもまずい状況（シチュエーション）だ。

桜井光 @h_sakura

「《冥王（ダーク・ロード）》が動いてる、とさ」「……エジプトの？」「エジプトの。冥王配下の《十二使徒》が世界各地に散らばったんで、よろしく、ってのが伝言だ」　──おお、神よ！

桜井光 @h_sakura

「《妖蛆公》ジュリアン・カーステアズと《熱砂公》Ｔ・Ｅ・ロレンスの二名が新大陸に上陸してるそうだ。他のもあれこれ忙しく。ともあれ新大陸のほうはそっちに任せる、ってことなんで、よろしくやってくれたまえ──だそうだぜ」　──おお、祖霊よ！

桜井光 @h_sakura

「与太だろ？」「知らねえよ」「そもそも、その郵便、誰からだ」「そりゃあ」　鳥人は器用に翼を動かして、上を指す。空。か？

桜井光 @h_sakura

「偉いさんだよ」「はあ」　溜息がてら紫煙を吐き尽くす。カナダ連邦に来たのは僥倖だったと無理矢理に納得せざるを得ない。帰りがけにＢ卿にご挨拶でも極東のドゲザでも何でもして、電磁兵器（テスラ・マシン）の幾つかでも借り受けなければ間違いなく、死ぬ。

桜井光 @h_sakura

「偉いさんだよ」「はあ」　溜息がてら紫煙を吐き尽くす。カナダ連邦に来たのは僥倖だったと無理矢理に納得せざるを得ない。帰りがけにＢ卿にご挨拶でも極東のドゲザでも何でもして、電磁兵器（テスラ・マシン）の幾つかでも借り受けなければ間違いなく、死ぬ。

桜井光 @h_sakura

「嫌な鳥だ。凶兆の鳥だな、あんたは」「よく言われる」

桜井光 @h_sakura

「そんじゃ、伝えたぜ」　そう言って、鳥人が木陰から歩み出る。その姿を改めて観察する暇はなかった。何故なら、そいつは大きく翼を広げると──