自主トレ、遺伝記作品より　「月が見ている」「侵蝕」

ねこや堂 @nekoyadou

@ts_p 皆が寝静まったようなので。今のうちに自主トレをば。遺伝記より「月が見ている」（１） #tknk

ねこや堂 @nekoyadou

さわさわと庭の草花の葉を揺らす微かな音を立て、涼やかな夜の風が開け放した窓から入ってくる。裸足にサンダルを引っ掛け、少し冷たくなった風に誘われるように克朗は庭に出た。冴え冴えとした月は辺りを煌々と照らし、本来色鮮やかであろう筈の花々の色彩を奪い去ってモノクロに浮き上がらせている。

ねこや堂 @nekoyadou

@ts_p 自主トレ、「月が見ている」（２） #tknk

ねこや堂 @nekoyadou

月明かりを頼りに庭を家に沿って歩き、鬱蒼と蔦が生い茂る北側の壁の前に出る。壁一面を這い、蔦は二階の窓にまで達していた。見上げれば、それは既に窓の下側の桟を覆い隠す程に茂り、窓の横にまで触手のように伸びた蔓は、僅かに開いたサッシの隙間から家の中に入り込もうとしているかのようだ。

ねこや堂 @nekoyadou

@ts_p 自主トレ、遺伝記作品「月が見ている」（３）

ねこや堂 @nekoyadou

――かさ……　不意に蔦の葉が擦れる気配がした。目線を戻すと、丁度目の高さの葉がするすると左右に動き始め、そこにぽっかりと人の顔程の大きさの空間が開けた。いや、空間ではない。女だ。月の光に白く浮き上がった女の顔。「恵津子」名を呼ぶ。その声に応えるようにゆっくりと女の瞼が開いた。

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@ts_p 自主トレ、遺伝記作品「月が見ている」（４） #tknk

ねこや堂 @nekoyadou

長い睫に縁取られた切れ長の目が克朗の顔を捉える。薄紅の唇が小さく動いた。――殺して　求めに応じ、女の細い喉にそっと手を伸ばす。克朗の指が喉元に触れると女は目を閉じ、その薄い唇を微かに開いて、溜め息とも呟きともわからぬ息を小さく漏らした。その顔は恍惚として、ただ美しい。けれど。

ねこや堂 @nekoyadou

@ts_p 自主トレ、遺伝記作品「月が見ている」（５） #tknk

ねこや堂 @nekoyadou

「駄目だ、……出来ない」声が震えている。女の華奢な喉に手を掛けながら、どうしてもそれ以上力を入れることが出来ない。その戸惑いを感じ取ったのか、女が徐に目を開けた。漆黒の闇のように深く暗い瞳が克朗を見つめる。薄い唇が開き、吐息のような声がやるせなく克朗にまとわりついた。――あなた　

ねこや堂 @nekoyadou

@ts_p 自主トレ、遺伝記作品「月が見ている」（６） #tknk

ねこや堂 @nekoyadou

妻・恵津子が突然姿を消してからどのくらいの時間が経ったのだろう。再び戻ってきた妻は蔦に絡め取られ、既に手足は蔦と見紛う程に同化していた。何故こうなったのか、恵津子本人にも分からない。何も覚えていないのだという。ある日突然記憶は途切れ、気付いたときには身体の自由が奪われていた。

ねこや堂 @nekoyadou

@ts_p 自主トレ、遺伝記作品「月が見ている」（７） #tknk

ねこや堂 @nekoyadou

恵津子は泣いた。こんな姿で生きていたくはない、と。そして怯えた。――いつか私はきっと貴方を分からなくなる　最初の頃はまだ言葉も明瞭で喜怒哀楽も表情もあった。だが最近は感情を表すことが殆どない。ただ、繰り返し懇願するのだ。――殺して、と。その度に何度も首に手を掛けた。だが出来ない。

ねこや堂 @nekoyadou

@ts_p 自主トレ、遺伝記作品「月が見ている」（８） #tknk

ねこや堂 @nekoyadou

失うのが怖かった。どんな姿でも良いから、此処に居てほしい。喩えそれがヒトではなくなっていたとしても。――さわ…　蔦が克朗の、サンダルを履いた剥き出しの足先に触り、巻き付きながらゆるゆると脹脛を這い上ってくる。恵津子と同じように絡め取り、この身を取り込んでしまおうというのだろうか。

ねこや堂 @nekoyadou

@ts_p 自主トレ、遺伝記作品「月が見ている」（９） #tknk

ねこや堂 @nekoyadou

陶器のように滑らかな妻の頬を両手で抱え、その唇にそっと己の唇を重ねる。感触こそ柔らかいが、人とは思えぬ程に冷たい。本望だ。共に居られるのならそれこそが。だが不意に蔦は躊躇うようにその動きを止めた。そうしてビデオテープを巻き戻すかのように、するするとまた元の場所へと戻っていく。

ねこや堂 @nekoyadou

@ts_p 自主トレ、遺伝記作品「月が見ている」（１０）これでラスト。 #tknk

ねこや堂 @nekoyadou

――殺して　妻の目が濡れている。白い頬を透き通った緑色の雫が伝って落ちた。唇が僅かに震える。――殺して　克朗は再びその首に手を掛けた。いつもより少しだけ指に力を込める。触手を伸ばすように克朗の足をまた蔦が這い始めた。飲み込まれるのが先か。縊るのが先か。ただ、月だけが見ている。

ねこや堂 @nekoyadou

@ts_p 実はこの後の「侵蝕」は四倍の長さだったりする。一応続編の形になるので二作で一冊という事で。タイトル決めた方が良いのかなぁ。「笑怖箱　○○」みたいに。

@0902percentage

@nekoyadou @tanakandesu 先日upしたくろろの絵ですが、こちらのレイアウトの方がタイトルを乗せやすいと思いますので改めて。電本化が決まったら完成させると言うことで、この絵は正確には『未完』です。宜しくお願いします。 http://t.co/7JDE6Gh4

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