娼婦の女

3人目の客。 それは娼婦の女。 自らの差し出す手を掴まない。 続きを読む
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コルニクス @lemures0

今夜も暗い夜道を歩く。 これから出会う者たちに、様々な『物語』を語るために… まだ人の多く残る明るい街中。 ブーツが石の地面をコツコツと叩く音が、やけに大きく響いていた。 少しだけ、雨の匂いがした。

2014-08-22 21:43:07
コルニクス @lemures0

街を歩いていると、古びた建物の前で、大柄の男に張り飛ばされた女を見た。 大柄の男は何やら女に罵声を浴びせると、そのまま建物の中へと消えた。 語り部は女の元へ行き、そっと手を差し出す。 「一体どうしたと言うのか。貴方は彼に何をしたと言うのです。」 女はその手を掴まない。

2014-08-22 22:38:21
コルニクス @lemures0

ー私に触れるべきではありません。ですから、貴方の差し出す手を握れない。 「何故そのような事を言うのです。私は貴女の手助けをしたい。」 ーならば不要です。私は誰の手助けも必要として居ません。 女はそう言うと、自らの足で立ち上がる。 その顔は酷く腫れていた。

2014-08-22 22:41:48
コルニクス @lemures0

「私は『語り部』という。人々に『物語』を”語る”ことが仕事だ。…貴方の話を、聞かせてはくれないか。」 語り部は女の返事を待ったが、女はいつまでも無言で俯いていた。 「…ならば、それでも良いのです。」 語り部は優しく微笑むと、女を近くの樽に座らせた。

2014-08-22 22:52:44
コルニクス @lemures0

「さあ、貴方の為に”語り”ましょう。貴方の傷が癒されるように、貴方の瞳にもう一度、優しい陽の光が、宿れるように…」 僕の3人目のお客様、 貴女に、ほんの一時の安らぎを… 『語り部』は女の為に、物語を語る。 街の者はその様子を、物珍しそうに見ている。 女は、語り部を見ていた。

2014-08-22 22:56:26
コルニクス @lemures0

語り部が”語り”を終えると、女は自ら生い立ちを語った。 女は娼婦だった。 古ぼけた建物の前で女を張り飛ばした男はその客。どうやら、一悶着あったらしい。 語り部はただ黙って、女の話を聞いていた。 女の一言一言に含まれた悲しみや孤独の情を、何一つ聞き落とす事の無いように…

2014-08-22 23:14:33
コルニクス @lemures0

「ありがとう、僕に貴方の『物語』を聞かせてくれて。僕はようやく理解した。貴方が僕の手に、触れなかったその理由を…」 語り部は知っていた。 身売りをする者の多くが、同じ理由で他者に触れる事を拒む事を。 語り部の冷たい手が、女性の暖かな手を握った。

2014-08-22 23:20:56
コルニクス @lemures0

「この『語り部』が貴方を”語り継ぐ”ことを、貴方は許してくれるだろうか。」 ーどうぞ、語り部さん。貴方は悪い人ではないのでしょう? 「僕は『語り部』。物語を継ぐだけだ。」 ー私の物語で、誰かが救われるかしら。 「貴方の心の美しさは、きっと多くの民の救いになる…」

2014-08-22 23:27:47
コルニクス @lemures0

女は別れ際に、右のピアスを語り部に渡した。 ー貴方がいつか、この街を去ったその後も、きっと何度でも出会えるように。 「勿論だ。僕の”語り”が必要なときは、いつだってこの街に、語りに行こう。」 女が雑踏に消えると、語り部もまた、街の奥へと消えて行った。

2014-08-22 23:33:13