ラバウル少佐日誌:AL/MI作戦編其ノ肆
執務室の中、少佐は自身の机を挟んで一人の女と向かい合っていた。 「何でしょう?提督」 問う女の眼鏡の奥に輝く緑色の目は、笑っていない。 持ち上げられた口角も、やや不自然な様子が伺える。 「妙だと思わないか、君」 少佐も口元で両手を組み、やはり表情は険しい。#ラバウル少佐日誌(1)
2014-09-18 21:25:13「妙?とは……」 異様に張り詰めた空気が、二人の間に充満する。 「……お前自分で、バレてないつもりか」 「はぁ?」 呆れた様な笑みを浮かべる眼鏡の女は、やはり態度がぎこちない。 #ラバウル少佐日誌(2)
2014-09-18 21:29:41……暫く黙した後、少佐は徐に口を開けた。 「熊野の事だ」 俄かに、重くなっていた空気が軽くなった。 眼鏡の女が先程とは打って変わって、柔らかな微笑みを湛えたのだ。 「いえ、それは知りませんね。私の関わっていない事です」 彼女が答えた、その直後だ。 #ラバウル少佐日誌(3)
2014-09-18 21:33:53ばさり、と少佐は何枚かの写真を机の上にばら撒いた。 「え」 突然の事態に硬直し、唖然とする眼鏡の女。 その顔の前へ少佐が突き出した写真には、 #ラバウル少佐日誌(4)
2014-09-18 21:39:49「そりゃ知らないだろうな。熊野の父親に金を握らされて海軍の情報を流していたのは、お前が『化けた』元の、その女だからな」 「はて……な、何の話ヲ?」 「じゃあ、こいつはどうだ」 次に少佐が摘み上げた写真、そこに写っているのは眼鏡の女の後姿だが……。#ラバウル少佐日誌(6)
2014-09-18 21:46:34「ここだよ」 少佐は右側ギリギリの見切れた位置を指差す。 そこには、ダイビングマスクを着用した、明らかに此の世ならざる長い黒髪の女が写り込んでいた。 その目は、青緑色に発光している。 今、彼の目の前にいる女と同じ様に……。 #ラバウル少佐日誌(7)
2014-09-18 21:51:10「Kaaah!」 電子音声の様な咆哮と共に、眼鏡の女は背後から魚雷発射管を取り出した。 だが、 「島風」 少佐が名を呼んだ少女は彼がその名前を言いきる前に、潜水カ級へドラム缶を投げつけてその下敷きせしめた。 #ラバウル少佐日誌(8)
2014-09-18 21:59:05「やっぱり潜水艦って遅いね、提督」 「よくやった島風」 のそりのそり、と二人は虫の息となったカ級へ近付く。 「提督、こいつ殺すの?」 「いいや、尋問に掛けてから上へ引き渡す」 「拷問の間違いでしょ」 「アッハッハッハ」 少佐は下卑た笑みを浮かべていた。 #ラバウル少佐日誌(9)
2014-09-18 22:06:07その日も、熊野は上機嫌で海へ繰り出していた。 「鈴谷、このオモチャも悪くありませんわね」 「まあ、そりゃウチ等が使える主砲だと一番火力出るワケだし」 鈴谷は、次に熊野が何と言うかも分かっていた。 「で、まーた衣笠さんには勿体無いとか言うワケ?」 #ラバウル少佐日誌(11)
2014-09-18 23:28:35「正しく客観的な事実を私(わたくし)は述べているまで、でしてよ?」 悪びれる様子も無く、熊野は水平線を物憂げな瞳に映しながら答える。 「ねえ、日向さん」 顔を上げた熊野は、強かな微笑みをショートボブの航空戦艦艦娘へ向けた。 「……日向、さん?」 #ラバウル少佐日誌(12)
2014-09-18 23:35:14日向と呼ばれた彼女は、普段のポーカーフェイス状態ですら僅かに見せている微笑みも浮かべず、冷たい視線を唯々熊野へ数秒返すと、また前を向き直すだけだ。 「……どうしてこう、戦艦の方々って、暴れゴリラみたいな方しかいらっしゃらないのかしら」 #ラバウル少佐日誌(13)
2014-09-18 23:39:40「もういいじゃん熊野、それより、ほら前見て前」 鈴谷に促され、熊野は向き直る。 遥か前方、数日前に壊滅させた筈の北方港湾基地であった焼野原には、駆逐級や浮遊要塞型が多数停泊している。 その中に、熊野は見覚えのある、特徴的な者も混じっている事に気付いた。 #ラバウル少佐日誌(14)
2014-09-18 23:47:27「カエレ……!」 真赤な瞳を爛々と見開いた北方棲姫。 「やはりバケモノですのね。肉体を幾度失おうとも、何度でも作り直して、戻って来られるなんて」 艤装の中に入れていた黒い櫃から、前回出撃時に討ち取った北方棲姫の首を取り出し、嗤う熊野。 #ラバウル少佐日誌 (15)
2014-09-19 00:01:48「化け物は、これでも喰ら」 次の瞬間、熊野は北方棲姫の首を掲げた右手の感覚を失った。 「……ぃ!?、いぎゃあああァッ!」 追って其れ相応の痛みが、彼女を襲う。 「誰!?誰がァッ!」 熊野は、腹に風穴が空いた。 「熊野!」 鈴谷が急ぎ彼女へ駆け寄る。 #ラバウル少佐日誌 (16)
2014-09-19 00:06:26が、 「がはッ!」 「……す、ずや……ぁ!」 鈴谷の艤装は、駆逐イ級後期型の一撃で吹き飛んだ。 「熊野……くまの……」 水面を這いずりながら、倒れ伏す彼女の許へ、鈴谷は手を伸ばす。 対して熊野は、事態の目まぐるしい展開に頭が真白となっていた。 #ラバウル少佐日誌(17)
2014-09-19 00:28:07その時、 ふ、と熊野は頭上が暗くなったのを感じた。 「う……!」 振り向いた先には、赤く大きな目が二つあった。 #ラバウル少佐日誌(18)
2014-09-19 00:33:28「ぐえぁっ!」 素っ頓狂な悲鳴と共に、熊野は布団を蹴飛ばして飛び起きる。 「は……」 そして辺りを見回した彼女は、奥に置かれた黒檀の椅子と、それへ窮屈げに座る白い詰襟を着たデブの男を視界に収め、自身が寝ている場所が何処であるのかを覚った。 #ラバウル少佐日誌(21)
2014-09-19 00:42:32「今頃お目覚めか?鈍間め……!」 「少佐殿、この布団臭いですわよ」 ……暫し二人の間に、沈黙した雰囲気が流れた。 だが決してそこに気まずさは無かった。 唯々つまらない意地の張り合いが存在している、それだけだった。 #ラバウル少佐日誌(22)
2014-09-19 00:49:48「身に染みたか?とでも言われるおつもり?」 先手を打とうと、熊野はやや疑心暗鬼に問い掛けてみた。 だが、その問いを少佐は笑って一蹴した。 「あんな程度の事でか」 「何ですって……?」 立ち上がり、熊野はピンクのパジャマ姿のまま少佐へ詰め寄る。 #ラバウル少佐日誌(23)
2014-09-19 00:55:11「私、腕を吹き飛ばされて、腹もぶち抜かれたんですのよ!?」 「でも、すっかり治ってるじゃないか」 「それは艤装の加護があるからであって……」 くるり、と椅子を回転させ、少佐は熊野の目を覗き込んだ。 「だから、良いだろう?」 #ラバウル少佐日誌(24)
2014-09-19 01:06:12「あなたという人は、人間の倫理を持ち合わせておりませんの……!?」 「そんなものは余計だと思うがね」 「なっ……」 少佐は立ち上がる。そして、ゆらり、ゆらり、と、 「何ですの少佐殿……しょ、少佐殿!?」 熊野へ、歩み寄る。 #ラバウル少佐日誌(25)
2014-09-19 01:09:34