『炎上急行』#1

使命を胸に、旅を続けるメルヴィ。彼女は長距離列車での移動中、不思議な出会いをして、大きな運命の転換に翻弄されます。 この話は#4まで続きます
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減衰世界 @decay_world

 翡翠台地を縦断する長距離鉄道は、すでに路線の8割を通過していた。緯度が低くなるにつれ、気温も上昇し、寒かった故郷の村の記憶を完全に塗り替えていく。至る所に翡翠鉱脈が見える岩壁を縫って、頼りない複線の線路の上を列車が疾走していた。蒸気機関車はもくもくと黒煙を上げる。 1

2014-09-19 17:20:42
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 岩壁を縞模様に彩る翡翠鉱脈の緑とは別に、熱帯特有の蔓性の植物が辺りに密生していた。まるで緑のトンネルのようになるほど列車の両脇を緑が取り囲む。鋼鉄製の列車が柔らかな緑の中を突っ切り、極彩色の鳥たちが驚いて飛び立っていった。メルヴィは、そんな光景を車窓から飽きずに見ている。 2

2014-09-19 17:28:21
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 濃い青色をした直毛の髪の毛を目深に伸ばしている。メルヴィが目を隠すのは、彼女が魔法の使い手だからだ。魔法戦闘では、視線を晒すことはとても危険な行為である。彼女のような半人前は目を隠した方が得策だ。耳は三角で長い。翡翠台地でよく見られる、耳長族の特徴。 3

2014-09-19 17:35:42
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 メルヴィたちは長い旅をしていた。途中事件が起こりカトールが右目を失う悲しいこともあった。だが、新天地への旅はやはり心躍るものである。カトールは余計に美男子になったと軽口を叩いているし、寡黙なギムリィもどこか嬉しそうだ。エルベレラもコリキスも窓の外を指さしてはしゃいでいる。 4

2014-09-19 17:42:09
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 長い旅の中でメルヴィはこの4人の旅の仲間に愛着を持ってきた。元は顔も知らぬ同行者だった。しかしキザなカトールや、無愛想だけど本当は優しいギムリィ。明るくて場を盛り上げてくれるエルベレラ、そして旅の進行を取り持ってくれるコリキス。彼らはいまやかけがえのない仲間だ。 5

2014-09-19 17:50:41
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 メルヴィを含めた5人は、客室に籠って果物を食べたり、瓶詰めのレモン水を飲んだり、風景を見ては珍しいものを指さしたりして旅を楽しんでいた。次の駅はもうすぐだ。山間の行商人たちが馬を休ませる宿場町がこの先にあるらしい。列車による流通はいまだ高価で、専ら馬による行商が主流だ。 6

2014-09-19 17:59:00
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「次の駅で食べ物や飲み物をいっぱい買わなくちゃね。新聞も読みたいなぁ」 「ここ山奥だから、新聞なんて2,3日前のに決まってるぜ。それに、旅費は大丈夫なのかよ」 メルヴィのつぶやきにカトールが釘をさす。「大丈夫。旅費はまだまだありますよ」 コリキスが笑って言う。 7

2014-09-19 18:06:07
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「終点の街で、先生の支援者から資金援助があるはずです。それに、どうせ灰土地域に入ったら翡翠台地の通貨なんて使えませんよ。人類帝国とは国交もないし、通貨交換なんて望めません。パーっと使っちゃいましょう」 コリキスは旅の財布役だ。こういうことには詳しい。 8

2014-09-19 18:18:59
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「わたくし、こんな遠くまで旅したの初めてですわ~! 田舎の名産、味わってみたいですわ! ささ、次の停車駅でたくさん珍味を買いまくりましょう! 楽しみですわ!」 エルベレラは興奮した様子で、車窓から見える次の停車駅を指差している。列車のスピードが次第に落ちてくる。 9

2014-09-19 18:23:36
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 次の停車駅はゴルドー宿場町だ。翡翠台地の北端に位置し、翡翠台地特有の石灰岩の岩山に築かれた小さな集落。ここから北は礫砂漠が延々続いている。緑もここで見納めだ。サンショウウオの黒焼きが有名だとメルヴィは聞いたことがあった。それを知ったらエルベレラは閉口するだろう。 10

2014-09-19 18:30:29
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 やがて列車は駅に停車した。乗客が次々と客室から溢れだし、手荷物を持って下車をするのが見える。1時間ほど停車するとアナウンスがされた。5人は各々財布を持って他の乗客に続く。奇妙なタイミングで5人の後ろに続いた一人の貴婦人がいた。黒いドレスを身につけている。 11

2014-09-19 18:37:27
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 メルヴィは違和感に気付き、ちらっと後ろを見た。貴婦人は肩で切りそろえた艶やかな黒髪を揺らし、にこりと微笑んだ。メルヴィも軽く会釈をし、視線を前に戻す。列車の通路には彼女はいなかったように思えた。だが、いつのまにか彼女は後ろにいる。 12

2014-09-19 18:44:07
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 そのときは、メルヴィは彼女のことをそれほど気にはかけていなかった。そう、彼女が新たな旅の仲間に加わるとは欠片も思っていなかったのだ。 13

2014-09-19 18:53:33
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 ゴルドー宿場町は、見晴らしのいい石灰岩の丘の上にあった。町から崖の向こうを見渡すと、どこまでも続く赤茶けた礫砂漠が広がっている。草木一つ生えているのは見えない。「ここから先は寂しい土地だね。美味しい果物も、手に入らなそうだ」 カトールは砂漠を見て言う。 14

2014-09-22 20:07:47
減衰世界 @decay_world

「ならここで好きなだけ食べていくですわ! ささ、カトールさん。市場に向かいますよ!」 エルベレラは鼻息荒くカトールを引っ張っていった。彼女の紫のスカートが翻り、群衆の間に消えていく。「メルヴィ、新聞を読もうよ」 コリキスが宿屋の入り口で手招いている。 15

2014-09-22 20:15:05
減衰世界 @decay_world

 宿屋の軒先には、新聞を売るスペースがあった。宿に泊まる客のためにもなる副業だ。メルヴィとコリキス、そして黙ってついてきたギムリィは新聞を一部買って回し読みした。宿屋の軒先にはベンチがあり、庇が暑い太陽の光をさえぎる。新聞の一面にはトップニュースが踊っていた。 16

2014-09-22 20:24:10
減衰世界 @decay_world

 『魔竜との交渉は絶望的。血晶魔竜レイルシスとの武力衝突か』 『武力増強を続ける要塞都市。矛先は魔竜か。その勝算とは』 『古代遺跡発掘が完全に終了。厳しい情報統制。発掘品の謎』 新聞にはきな臭い記事がいくつも並べられていた。要塞都市……それはメルヴィたちが目指す土地だ。 17

2014-09-22 20:28:37
減衰世界 @decay_world

「レイルシスと戦うだって……冗談だろう。あいつは灰土地域の六大魔竜のなかで最強なんだぞ。要塞都市の政府はどうかしてるよ」 コリキスは珍しく非難の言葉をあげた。メルヴィは不安になって眉をひそめる。安全に灰土地域に入りたいというのに、こんなに緊迫していては……。 18

2014-09-22 20:33:19
減衰世界 @decay_world

 メルヴィたちの支援者はいま要塞都市にいる。そこで人類帝国での活動資金を得て、西に移動し、海を渡って灰土地域の南西地方、湿地帯の広がる都市国家に向かう予定だった。それがいちばん安全で確かなルートだ。しかし、いまは状況が違う。 19

2014-09-22 20:43:15
減衰世界 @decay_world

 メルヴィはこの旅の行き先に暗雲が立ち込めるのを感じた。コリキスは、そんな不安そうな顔をするメルヴィを見て、新聞を畳んだ。「ま、僕らはただの旅人。徴兵されることもないでしょう。レイルシスの戦火が及ぶ前に街を脱出すればいいだけです」 そう言って、笑った。 20

2014-09-22 20:47:15
減衰世界 @decay_world

 要塞都市ガラムは竜の国の南にある中規模の都市国家で、鉱石の採掘で発展した砂漠の街である。竜の国との間には赤銅山脈という巨大な山脈があり、文化の流入と国家間の衝突を防いでいた。問題は……この山脈に住まう魔竜、レイルシスである。彼は竜の国の目の前にその居城を構えている。 21

2014-09-22 20:52:49
減衰世界 @decay_world

 レイルシスは灰土地域最強の魔竜であり、竜の国の全戦力を持ってしても倒すことはできないと言われている。そのため竜の国はレイルシスに怯え、様々な貢物を与えてご機嫌を取っている。それを十分に分かっているからこそ、レイルシスはこんな場所に住み着いているのだった。 22

2014-09-22 20:58:43
減衰世界 @decay_world

 もちろん赤銅山脈に鉄道や交易路を敷くことなど不可能であり、それが要塞都市ガラムの悩みの種だった。竜の国は様々な産業や地下資源を持ち、もし竜の国と要塞都市ガラムが交易できたらかなりの利益が生まれるだろう。それが一匹の魔竜のために駄目になっている。 23

2014-09-22 21:04:39