『炎上急行』#2

使命を胸に、旅を続けるメルヴィ。彼女は長距離列車での移動中、不思議な出会いをして、大きな運命の転換に翻弄されます。 この話は#4まで続きます
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(前回までのあらすじ:翡翠台地を長距離鉄道で縦断するメルヴィたち。彼らは途中に停車した宿場町で、不穏なニュースを耳にする。そして向かった市場では喧嘩に巻き込まれたカトール達が。黒服の男たちと殴り合って撃退してしまった筋骨隆々の男。彼はロドルと名乗った……)

2014-09-28 16:38:13
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ロドルという男は旅の傭兵だった。先程の戦いぶりを見る限り、魔法の心得もあるかなりの実力者であろう。彼は自らの旅の目的について深く話さなかった。ただ、大きな仕事が舞い込んだとだけ言った。「ロドルさん、災難でしたね」 「ああ……最近何故だか災難が続くんだ」 34

2014-09-28 16:48:26
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「お嬢ちゃんたち、巻き込んですまなかったな。おっと、はやく列車に乗らなくちゃ……アクシデントがこうも起こるなら、早め早めの行動を心掛けないとな」 「僕たちも列車に乗りましょう」 コリキスがそう促す。異論は無かった。カトール達は買物もすでに済んでいたらしい。 35

2014-09-28 16:56:33
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一行は列車に向かった。駅の中、買物を終えた乗客が次々と列車に乗り込んでいく。例の黒服の男たちも見かけた。彼らも列車の乗客だったらしい。ロドルは力瘤を作って彼らを威嚇した。黒服の男たちは渋い顔をして列車に乗り込む。「見たかよ、あの顔! 辺境でものを言うのは力さ」 36

2014-09-28 17:00:53
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「いいえ、力だけではどうすることもできないこともありますわ」 突然ロドルやメルヴィの後ろから声がかかった。振り返ると、黒いドレスを着た貴婦人が立っている。妙齢の若い女性で、艶やかな黒髪を肩で切りそろえている。メルヴィは、列車を降りるとき見かけたことを思い出した。 37

2014-09-28 17:05:38
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「フハハ、お嬢さん、そういうことはもっと腕っ節が強く……なって……か……ら」 ロドルの威勢のいい返事は尻切れになってしまった。ロドルの視線が泳ぎ、ゆっくりと後ずさる。だが、貴婦人は人差し指をゆっくりと唇につけて、微笑んだ。ロドルは衝撃を隠すように空笑いをする。 38

2014-09-28 17:10:07
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「オット! 俺はさっき魔法を使ってお疲れだからな。客室に戻ってゆっくり寝させてもらうぜ。一足お先!」 ロドルは慌てて列車に乗り込んでしまった。呆気にとられるメルヴィたち。貴婦人はあははと笑った。そして彼女は、メルヴィたちに向かって自己紹介をした。 39

2014-09-28 17:14:09
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「こんにちは。旅のひとたち。私はミルギルィ。私も旅をしているのですが、もしかしてあなたがメルヴィさん?」 「どうして私の名前を……?」 「私はあなたたちの支援者の一人です。でも、急に言われても信じられないですよね」 そう言ってミルギルィはポケットから手帳を出す。 40

2014-09-28 17:21:09
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その手帳には、確かにメルヴィたちの学校の紋章が描かれている。メルヴィは仲間たちを振り返ってみた。しかし、一様に戸惑いの表情を浮かべている。「ミルギルィさん、私たちは貴女と会うことは知らされていません。どうしてこんなところに現れたのですか?」 コリキスはそう尋ねた。 41

2014-09-28 17:27:07
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「元々の運命では出会うことはありませんでした。だから知らされなかったのです。しかし、いま濁流のように運命が流れを変えています。だから、私があなたたちの前に現れる運命が生まれた。そして、そして、あのロドルという男との出会いも……」 ミルギルィはそう言ってメルヴィの手を引く。 42

2014-09-28 17:32:30
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「はやく列車に乗りましょう。これから凄く忙しくなるんですから。運命は刻一刻と変わっていきます。私たちは運命の転換の衝撃に備える必要があります。準備の時間はできるだけ長い方がいいでしょう。正直、あと1時間の先も分からないのですから」 メルヴィは何が何やら分からなかった。 43

2014-09-28 17:35:13
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メルヴィたちは学校から密命を受け、人類帝国の帝都を目指していた。綿密な計画を積み、安全な旅になるはずだった。実際それでカトールの命は救われた。だが、どういうことだろう。カトール、エルベレラ、コリキス、そしてギムリィはメルヴィの後を追いかける。 44

2014-09-28 17:39:31
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「ミルギルィさん、あんたの目的は何だ?」 カトールはミルギルィの隣に追いつき、話しかけた。ミルギルィは優しい笑顔を浮かべる。「あなたたちの護衛です。ここから先何が起こるか分かりません。あなたたちの旅が終わるかも知れないのです」 45

2014-09-28 17:46:14
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「旅が終わるですって? 冗談ではありませんわ!」 エルベレラもミルギルィに追いつき、抗議をする。ミルギルィは黒いハンカチをポケットから取り出し、涙をぬぐって言う。「なんと悲しいことでしょう。でも私は力を尽くします。ささ、はやく列車に乗ってください」 46

2014-10-04 14:05:04
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列車に乗り込むと、先頭車両の機関部から大きな汽笛の音が響いた。まだ街で買い物でもしている乗客を呼んでいるのだ。翡翠台地に住む耳長族は、時間に正確だ。1分も遅れることなく出発するだろう。しかし乗客もまた耳長族ばかりだ。遅れることなく次々と列車に乗り込んでいく。 47

2014-10-04 14:10:56
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メルヴィたち旅の五人もまた、耳長族だ。尖って長く伸びた耳は、動かして挨拶やジェスチャーに使用できる。メルヴィは違和感に気付いた。この黒いドレスを着た貴婦人、ミルギルィは耳長族ではないのだ。翡翠台地に住む住人のほとんどは耳長族だ。ミルギルィは他の土地から来たのだろうか。 48

2014-10-04 14:16:18
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「私には未来予知を行える力があります。しかし、未来はいま刻々と変化しています。私の情報は当てにならないと思ってください。さ、戦いが起こります。準備をしましょう」 「それは信用できるのか?」 コリキスは尋ねた。彼はまだミルギルィのことを信用していないようだった。 49

2014-10-04 14:21:51
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「信用できなかったら、死ぬだけです」 ミルギルィは至って冷静だ。「それでも列車に乗らなくてはいけない理由とは?」 コリキスは深く尋ねた。「一見危険に突入するような行為であっても、その結果不幸なことになっても、後に重要な手順であったこともあります」 50

2014-10-04 14:26:05
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「確かなイメージとして見えるものはありません。ただの事象の羅列にしか見えない出来事の連続であるかもしれません。でも、吉兆の予感はします。未来予知というのはそういうものです」 ミルギルィの言葉に、コリキスは納得できないようだった。だが、彼は黙って従った。 51

2014-10-04 14:28:23
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6人は自分たちの客室に辿りついた。中に入り、戦いの準備をする。「この中で魔法使いはメルヴィさんだけかしら」ミルギルィは各自の戦力を分析する。メルヴィは見た目からして魔法使いだ。 52

2014-10-04 14:32:46
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メルヴィは青い前髪を長く伸ばして目を隠している。視線から侵入する敵性魔法からの防護。典型的な魔法使いの姿だ。「あ……一応使えます。でも魔力破の矢と猛毒の投与くらいです。戦闘用魔法は」 魔力破の矢は魔力の鋭い結晶を飛ばして突き刺す魔法である。まるで矢のような効果だ。 53

2014-10-04 14:41:14
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そして猛毒の投与……これは敵の体内で猛毒を生成する魔法だ。いずれも視線から侵入し、効果を発揮する。視覚によって認知せねば、魔力というのは空気と変わらない存在になる。だから魔法戦闘を想定する魔法使いはみな目を隠すのだ。しかし一度視認してしまえば、目を閉じようが無意味だ。 54

2014-10-04 14:46:30
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「私も魔法使いなの。よろしくね、メルヴィさん」 メルヴィは驚いた。ミルギルィは目を隠していない。これが意味することは限られている。ひとつは、戦闘魔術師だということだ。先程出会ったロドルのように、戦闘能力に自信があれば影響は少ない。魔法で致命傷を受ける前に、殺せばいいのだ。 55

2014-10-04 14:51:40