しおいと秋と忘れ物

しおいちゃん可愛い
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洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

本当に大切なものは目に見えないというけれど、僕にとってのしおいがそれならば、今見ているのは幻影だろうか。そうだったとしたら、秋風に色とりどりのモミジが舞っているこの舞踏会に夜中の12時の鐘が鳴り響かないことを切に願う。しおい、君は秋になってもやっぱり日焼けしたままなんだね。

2014-10-21 12:48:31
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

肌にべっとり張り付くような暑さはどこへやら、図書館とプールの連絡通路にも落ち葉が舞う季節になった。しおい、君と過ごしたあの夏はきっと何一つ間違ってなんかいなかった。誰もいない水際で眺めた星空や、更衣室での囁き合いは僕たちの夏を濃い藍色に彩っていたんだね。

2014-10-21 12:52:54
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

放課後のチャイムが乾いた空に響く。すっかりゴミだらけになったプールをつまらなそうに眺める君は、もう来年の夏に思いをはせている。しおい、僕が手渡した飲み物が、冷えたサイダーから温かなコーヒーに変わったように、僕たちは未来よりも今を見つめて生きなければいけない。そういう風に思うんだ。

2014-10-21 12:55:24
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

あの夏休みの補習は怠け者の先生が水泳部エースに託したせいで僕としおいの二人きりだったね。全くのカナヅチだった僕だけど、ビート板に摑まって何とか数キロを泳ぎ切った。プールサイドの焼けたコンクリートが心地よくて、僕は澄み渡る空を眺めていたんだ。あれは君の水着と同じ色をしていた。

2014-10-21 12:58:10
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

プールの塩素をシャワーで落として、君はビー玉のように透き通った目を洗ったね。僕たちは別々の更衣室へ入って行った。しおい、君はどうしてあの扉を開けたんだい。水着を脱ぎ掛けた僕はさぞ滑稽な姿だったろう。君は心臓のあたりに手を置いて「おさまらないの」それだけポツンと僕に投げた。

2014-10-21 13:01:15
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

しおい、僕たちはもう一度シャワーを浴びる必要がありそうだ。水着をずらすなんて造作もない。蒸し暑い更衣室の匂いは僕たちにとっては極上のパフュームだった。君の心臓の痛みを止めたのはさらなる破瓜の痛みだったし、僕のカナヅチを導いたのは、君が身にまとうビート板だったんだ。

2014-10-21 13:04:14
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

補習が終わったことを職員室に告げに行ったしおいを、僕は校門のあたりで待っていた。夏休みの部活動に精を出す生徒たちが、夕日を背に青春を送る。焼けつくような暑さは消え、僕の胸に今日の出来事が深く深く落ちていく。君とのこれから、それは想像しがたいものだった。

2014-10-21 13:07:57
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

君の手を引く僕の姿は全く浮かんでこなかった。しおい、だから校門で待っていた僕の手を君がこっそり握ってくれてよかったと思うんだ。僕たちは自然に恋人になったし、周りもそれを祝福していた。夏が終わるまで、僕たちは色んな場所へ一緒に行って、何度も何度も青春を過ごした。

2014-10-21 13:10:01
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

話を秋に戻そうか。 しおい、どうしてこうなってしまったかなんて、僕にはちっとも分からないんだ。あの夏から三か月が経ったある日、君は僕を更衣室へと呼び出した。僕たちは完璧にうまくいっていたから、別れ話なんてあるはずもなかったし、それなら話は体でするもんだと僕は勝手に期待していた。

2014-10-21 13:12:15
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

しおい、君はあの蒸し暑かった部屋に入った僕に向かってこう言った。 「夏がね、私に忘れ物をしていったみたいなの」 部屋の中はすっかり冷えていて、君のスカートから覗く足はいかにも冷たそうだった。 「忘れ物?」 僕が聞き返すと、君はその手をゆっくりとお腹のあたりへ持っていった。

2014-10-21 13:14:59
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「しおいの中にね、赤ちゃんがいるんだよ」 君はそして、喜びとも悲しみとも違う表情で僕を見つめた。木枯らしが僕の心に吹いたのが分かった。僕たちは幼かった。そしてあの夏はとても暑かった。あまりにも夏が暑かったから、僕たちはそれを恋の温度と勘違いしていたんだ。

2014-10-21 13:19:28
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

僕は自分でもよく分からないことを言いながら、しおいのお腹に手を置いた。きっと、本当は聞こえなかったんだと思う。それでも、父親になった、なってしまった僕にはしおいの言う「夏の忘れ物」が確かにそこにあるのだとはっきりと感じたんだ。それから僕たちは未来のことなど話さなかった。

2014-10-21 13:21:24
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

どうしたらいいのかなんて全く分からなかったけど、しおいの妊娠が知れ渡る前に、僕たちはどうにかしなければならなかった。しおいは期待されていたし、僕にだって未来はあった。道端に落ちる銀杏よりも小さな命がしおいの中に宿っていた。それは僕たちを追い詰め、同時に青春へと突き落とした。

2014-10-21 13:24:52
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

事の顛末がどうなったのかなんて、勝手に想像してくれればいいと思う。しおいと僕が、祝福された夏の子供を抱えながらヴァージンロードを歩く姿を想像するのは簡単なことだ。そうしたありきたりなハッピーエンドは、夏に溺れなかった者たちにこそ相応しい。僕はやっぱりカナヅチのままだった。

2014-10-21 13:27:24
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

とにかく僕たちはそうならなかった。しおいは何の兆しもなく青春を終えて、大好きな夏を再び迎えることはなかったのだから。酷い話だ。笑ってくれてもいい。僕がアメリカ人にこの話をしたなら、たちの悪いジャパニーズジョークとして鼻で笑われるに違いない。しおいは秋の終わりに交通事故で亡くなった

2014-10-21 13:30:54
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

僕が一番驚いたのは、しおいが目の前で車に跳ね飛ばされ臓物をぶちまけたことでもなければ、夏が終わって秋が来たことでもなかった。しおいの死体に近づいて、そのお腹をよく見てみると、そこに夏などいなかった。しおいのお腹はてらてらとした血に染まったお腹は、忘れ物などしていなかった。

2014-10-21 13:33:42
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

君は嘘をついていたのか。僕は笑った。そうじゃないんだ。僕たちは騙されていた。夏という季節に、しおいと僕は謀られていたんだ。しおいの血で真っ赤に染まった僕の両手はまるで紅葉のようだった。僕はやっと夏が終わったと分かって涙を流して安堵した。しおい、君の夏は終わったのかな。わからない。

2014-10-21 13:36:24
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

確かなことは、こうして毎年お盆になると僕は君のお墓参りにやって来て、何も言わない墓石に向かって今年の夏を振り返る行為。また夏が終わったよ。そう言って僕は君に水をかける。それは塩素がちょっと混じった、まるで夏の忘れ物みたいな涙。

2014-10-21 13:40:13
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

ねえ来年の夏には、僕はきっと泳げるようになっているから。しおい、あの時のビート板の代わりにどうか僕の両手を引いて。今度は大きな海にでも行って、テトラポットまで競争しよう。入道雲が僕たちを見ているから、もう間違えることなんてない。メロンソーダを二人で買ってアイスクリームを分け合おう

2014-10-21 13:43:19
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

しおい、君が答えてくれるまで僕は何度だってここに来る。あの秋の更衣室みたいに暗く冷たい石の中に埋まる君を、僕は決して一人にはしないからね。 そうして68回目の夏、僕はやっと泳げるようになった。老人ばかりのスイミングスクールで、僕の両手はようやく君のものになったんだ。

2014-10-21 13:46:12
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

信じられないかもしれないけど、僕には息子も孫もいる。それから僕は泳げるし、自分の家も手に入れた。しおい、だから最後に君と一緒に、忘れ物を探しに行こう。安心してくれ。今年の夏も、僕らに相応しい、相変わらず蒸し暑くて狂おしい、そんな夏になりそうだから。

2014-10-21 13:48:09