「山水無情」――池波正太郎風ニンジャスレイヤー
- USAGI_koTENGU
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ミニットマンは、 (ぞっとするほど……) 冷たいコンクリートの感触を全身で味わっていた。 十年前の〔戦争〕で、敵地の真っ只中、 (トカゲのシッポのように……) 母体に捨てられた記憶が甦った。 生き残ったのは彼と、〔イクエイション〕ただ二人であった。 1
2014-10-19 22:05:56(あのときも、こうして……) 冷たいコンクリートに身を横たえ、じっと待ち続けていた。 そしていま、彼の横に、イクエイションは、いない。 (おお、イクエイション……) 体をしとどに濡らす雨は、 (天のはからい) と思われた。 ニンジャに涙は許されぬからである。 2
2014-10-19 22:08:25先刻、死の瞬間、 「サヨナラ!」 イクエイションはそれだけ言うのがやっとであった。 〔ハラキリ〕の時間すら与えられなかった。 平安時代の〔しのびのハット〕に曰く、ハラキリはニンジャの名誉ある死の作法である。 それを許されぬとは、これは、 (屈辱……) であった。 3
2014-10-19 22:11:15〔ニンジャスレイヤー〕の無慈悲な一撃は、バイオ・ケブラーでくまなく覆われたイクエイションの体を、脳天からつま先にかけて、一息に両断したものである。 これは〔ジュー・ジツ〕の〔チョップ〕であった。 (許さぬ……) そして、 (安らかに……) ミニットマンは顔を上げた。 4
2014-10-19 22:14:52ミニットマンが生存したのは、 (イクエイションにすら明かさなかった……) 秘密のジツ、 〔マッタキ〕 によるものである。 このジツにより、己を死んだものと取り違え、去ったニンジャスレイヤーに、その判断を、 (死をもって後悔させてやろう……) そう考えるミニットマンである。 5
2014-10-19 22:17:08……やがて、彼は、うつ伏せの姿勢から、匍匐前進を始めた。 コンクリートに残る生体反応を辿り、 (ニンジャスレイヤーの塒を……) 目指す腹積もりである。 彼の匍匐前進は、今や最高速度をマークし、三町を一息に駆け抜けた。 これは皆様もご存知あろう、チーターに匹敵する速度である。 6
2014-10-19 22:20:07余談だが、チーターの和名は狩猟豹といい、これは古代エジプト、アッシリアなどで、飼い慣らした個体を狩猟に用いた故事に由来する。 平安時代には大陸を通じ、この猛獣の情報が伝来していたことは想像に難くない。 ニンジャはこうした存在に己の武勇を準えたものだ。 7
2014-10-19 22:23:30毒の雨に濡れた、近未来都市を、現代に甦った狩猟豹がゆく。 闇の獣は〔アタマ・ストリート〕にさしかかった。 屋台が所狭しと道を塞ぎ、防金属粒子トレンチコートに身を包んだ〔溢れもの〕が縦横に行き交う光景は、今や見慣れたものだ。 8
2014-10-19 22:26:29その中を、真っ直ぐに抜けていく、ニンジャスレイヤーを、ミニットマンは追った。 (地下街へ下りてゆく……) 背中を、ミニットマンは距離をおいて、 (逃すまいぞ……) 追跡した。 9
2014-10-19 22:29:10ネオンの光瞬く猥雑な路地から、黒々と闇のわだかまる地下街へと、下る階段を、 (匍匐前進では下りられない……) ミニットマンは、中腰の姿勢をとった。しばらく行くと、道は平坦になり、雨を避ける外套を持たぬ〔浮浪者〕の、すえた匂いが満ちる地下街に出た。 10
2014-10-19 22:32:08辺りには、〔テリヤキ〕の香りが漂っていた。 通路に面した、換気扇から、合成肉のしたたる脂に、〔ショーユ〕と〔ミリーン〕のあわさったものが、〔炭火〕にこげる、労働者の臓腑を、 (そそる……) 煙が吐き出されている。 これは江戸時代から受け継がれた〔つぼづけ〕の妙味であった。 11
2014-10-19 22:37:00雑踏を歩きながら、ニンジャスレイヤーはどこからか、トレンチコートを取り出し、さらに、 (ズキンの上からハンチングを……) かぶるに至って、ミニットマンは、 (この手際には……) 唸らざるを得ない。これでもう、 (彼奴の出で立ちを気にかける者など……) いなくなるのである。 12
2014-10-19 22:43:16(翻って、このおれは……) いまだ、〔いくさ〕の血臭にじむニンジャスーツのままであることに思い至るミニットマンである。 衆目の中で、この出で立ちは、 (ベストとは言えぬ……) のである。 (そうとなれば……) 彼は地下街の壁により掛かる、浮浪者の襤褸を無慈悲に剥ぎとった。 13
2014-10-19 22:46:14ネオサイタマの大気は毒を含んでいる。テクノロジーの発展の、それは表裏を為す業であったろうか。 その毒が雨にまじり、産み落としたるところへ戻り、害するといえば、これはまさに、 〔インガオホー〕 である。 それ故にか、ミニットマンの行為に意義を申し立てるものはいなかった。 14
2014-10-19 22:49:18潰れた〔ブティック〕の鉄格子や、薄汚い〔マガジンスタンド〕、違法な〔回路基板〕をおおっぴらに並べた〔香具師〕の店、蛍光色のスプレーで〔バカ〕〔スゴイ〕など、悪罵を極めた言葉を書きつけられた戸板に、 (死んだ空気が……) 淀む中、ミニットマンはニンジャスレイヤーを追う。 15
2014-10-19 22:52:48ニンジャスレイヤーが〔サッキョー・ライン〕のゲートをくぐってから、 (きっかり一分……) 置いて、ミニットマンも構内へ足を踏み入れた。 16
2014-10-19 22:56:32ゴミが所狭しと床に堆積する不潔な空間であるが、この駅の利用者はけして少なくない。 無気力な木偶の坊と化した〔サラリマン〕が、荷揚げを待つ〔マグロ〕のように林立する中、ミニットマンは尾行を続けた。 やがてホームに鉄の塊が、轟音とともに走りこんできた。 17
2014-10-19 22:59:40〔戦争〕ののち、サッキョー・ラインが竣工されて、どれほどの時間が経ったであろうか。 往時の銀光も失せ、今や〔グラフィティ〕の餌食となりはてた車両に、ニンジャスレイヤーは乗り込んだ。 ミニットマンは隣の車両に乗り込んだ。 車両の窓から、 (どこで下りるか……) 観察した。 18
2014-10-19 23:02:58〔カスガ駅〕では大勢降りた。中流家庭の邸宅を多く有する、郊外への連絡駅となっているからである。 (ニンジャスレイヤーは……) 動かない。〔センベイ駅〕でも同様だ。 この電車は、〔エクスプレス〕であり、限られた駅にしか止まらない。 (終点まで行くつもりか……) と思われた。 19
2014-10-19 23:05:25その時である。 (チープな電子音が……) カーブ注意を知らせ、ぐらり、と車体がかしいだ。 ミニットマンが、反射的に、つり革に力を込めた、その一瞬に、 (なんと……) ニンジャスレイヤーは隣の車両から忽然と消え失せていた。 20
2014-10-19 23:09:23「バカな!」 だが、 (慌てるな……) ミニットマンは〔ヘイキンテキ〕を取り戻し、己の網膜に映しだされる〔二次元レーダー〕を確認した。 この場合の〔ヘイキンテキ〕は我々の知るそれと変わらない。 ニンジャスレイヤーを示す赤い点は、 (ほとんど動いていない) のであった。 21
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