- FiveHolyWar
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――扉の先に待つのは、一面の、広大な湖だった。 湖には大小様々な浮島と、所々に岩が浮かんでいる。見渡す限り、陸地は見えない。 そのうちの浮島の一つに、碧はいた。
2014-10-27 22:26:22きょろきょろと周囲を見回す。 小さいものでは片足でようやく立てるかという程度、大きいものではちょっとした広場くらいの広さはありそうな浮島がそこかしこに浮かぶ。 浮島の上は砂地で、陸地が見えない事も相俟ってどこか無人島を思わせた。
2014-10-27 22:27:54誰かが歌う。 「Lala lalalala……」 それは紛れもなく私の声であるのだが、私の口をついて空気を揺らしているのだが、その歌を口ずさんでいるのは、《誰か》だった。 私は特段気にすることはない。歌いたくもなるだろう。 こんなにも美しい湖に二人きり、なのだから――
2014-10-27 22:46:49広大な湖の上に、点々と大小の浮島。足を滑らせれば溺れ死ぬ。水は、穏やかな見た目の内に毒を秘めている。 目の前の浮島に足をかける。顔を上げると、茶色い髪のあどけない少女がいた。 「……失礼いたしました。女神ミセリコルディアに選ばれし、勇者とお見受け致します」 私の声で、礼をひとつ。
2014-10-27 22:50:20美しい歌声に、そちらの方を見る。視線の先には金髪の、美しい女性の姿。 流れる金糸を思わせる髪が、太陽に反射して輝く。 警戒を続けている碧へかけられる声はひどく穏やかで、それ故に背筋に寒気が走る。
2014-10-27 23:09:29それだけの自負があるという事なのだろう。 少なくとも、こうして怯えた小鹿の様に、周囲を警戒する私以上には。 虚勢を見破られぬ様に、真正面から睨みながら、頷く。 「…如何にも。慈雨の勇者、神立碧と申します」 それから、すう、と息を吸って。 「――私と同じ。水の魔王、ですね?」
2014-10-27 23:11:02特に、何かそうと分かるものがあったわけではない。 何となく、そう思ったのだ。 彼女を見た瞬間感じた、まるで湖面を見るかの様なあの不思議な感覚。 妙な親近感。旧知の知り合いと会うかのような既視感。 勘頼りでしかないのに、確信めいたものすら持って、女へと尋ねる。
2014-10-27 23:13:34「えぇ、如何にも。――徒波の魔王、ルーサルカと申します」 緊張した面持ちの、しかし何かを期待するような声色の少女――慈雨の勇者。私は彼女に、柔らかい笑みで返した。 同時に、ちり、と感じた感情は、少しではない。然し、私は今はまだそれを表に出さない。 彼女の目を見つめ、言葉を続ける。
2014-10-27 23:44:08「失礼ながら、貴女様はわたくしに何を探しておられるのでしょうか。女神の授けし慈雨は、貴女様には重荷であったのでしょうか」 憎むべき魔王に、自らの影を探されるほどに。 微笑みのままにその言葉を向け、私は剣の柄を――柄のみの剣を右手に構える。
2014-10-27 23:44:27ゆるりと左腕を持ち上げる。湖の水が持ち上がり、柄の先に在るべき刃を成す。 「貴女様は勇者、わたくしは魔王。……今この場で覚えるべきでは、そのことでは御座いませんか?」 右手を振るう。水の刃が揺らぐ。瞬く間に、視線の先の浮島の苔が禿げ、水の痕を残した。
2014-10-27 23:44:39「いえ…そこに異存はありません」 頷く。一つ。その顔には微塵の迷いも無い。 「貴女に抱くのは同じ水の属性を持つ身としての、親近感。いわば好敵手に抱くようなものです」 浮島の周囲の水が波打ち、そこから半透明の水の身体を持つ竜が現れ、空へと昇る。
2014-10-28 00:16:28「――あなたと戦えて光栄です、徒波の魔王、ルーサルカ様」 水刃から碧を守る様にして、全長5m程の水竜がぐるりと己の長躯を碧を覆い包む。 水竜の透き通った瞳は明確な、強い意志と気高さが感じられる。 それは式神や使い魔の様な意思の無い傀儡等ではなく、確かな存在だった。
2014-10-28 00:20:29それから、ちらりと浮島に目を向ける。 凄まじい威力。当たれば並の人間など、一撃の下に骨まで落とされるだろう。 それを認識しつつも碧は恐れる様子もなく、掌を正面に。 指をくい、と誘いかけるかのように曲げる。
2014-10-28 00:24:07呼応して水竜が口を開け、全身が僅か、震える。直後、口から鉄砲水が放たれる。 水はルーサルカの横を抜けて、その背後にあった小さな浮島に突き刺さり―― 音すらなく。まるで塵を吹き散らすかのように浮島を砕き、何事もなかったかのように湖面を穿った。
2014-10-28 00:43:55「……お褒めに与り、光栄ですわ」 慈雨の神立碧を守るように、水竜が立ち塞がる。荘厳な光景に、私は思わず見入ってしまう。 古来より、水の竜は神聖なる存在。成る程、彼女は唯の少女というわけでもないらしい。 と、水竜が身を震わせる。力任せな水の打撃が私の隣をすり抜ける。 「……成る程」
2014-10-28 00:53:41《お姉様、》《あれはなに?》《ねェ、お姉様》 頭に反響する《女たち》の声に、落ち着きなさい、と一言窘め、私は剣を構える。 地を蹴り、ひとつふたつと隣の浮島へと飛び移る。先ずは、彼女を庇護せんとする竜の喉を切り裂かねばなるまい。 竜が身体をくねらせるよりも早く、水の刃を振るう。
2014-10-28 01:01:21振るわれた水の刃を咥内に収めれば、開いた口をそのままにガチン、と閉じて。 水の刃を竜のあぎとで圧し折ろうとする。 常人であれば、水の刃を”砕く”事等できるはずはないが。 しているのは水の支配者たる竜である。水を物質として捉え、砕く事など造作もない。 ――それが普通の水なら、だが。
2014-10-28 01:38:29腕が重い。捕らえるものは、水だけではない。水の刃の先を慈雨の水竜が噛み砕かんとしている。 私は左手を軽く振るう。水の刃の根元が揺らぐ。文字通り唯の水となった根元によって、刃は柄から切り離される。 私は、元の柄のみとなった剣を手元に引き寄せた。
2014-10-28 08:59:19反動で後ろに飛ぶ身体を、脚を踏みしめて留める。身体の重心を確保し、慈雨の神立碧に視線を向ける。 《ねェ、お姉様?》 随分と楽しそうな、鈴を転がすような少女の声は私の頭に響く。 分かっているわ。 彼女たちは気付いていないのかも知れない。その水から腐臭がすることに。
2014-10-28 08:59:24水の刃だけが咥内に残り、水竜はそれを唾のように吐き捨てる。 碧は水竜の様子に怪訝な表情を浮かべるが、すぐに得心する。 「この水は……一体何なんですか?」 目の前の女に、問う。口調には、知らず険が込められていた。
2014-10-28 10:54:11水竜は声こそないが、今にも唸り声を上げそうな苛立ちの表情でルーサルカを睨みつける。 体内の水の流れが、激情によってか激しさを増す。
2014-10-28 10:56:13水の刃が水竜に吐き捨てられる。少女が《残念ねェ》と笑う。 「……冗談女(ルーサルカ)の伝承を、ご存知ありませんか?」 湖の水が、ごぽり、泡立つ。 「金色の髪を垂らし、白い衣を纏う乙女。踊りを舞い、男を誑かす悪魔。……古くから、彼女らは若くして水死した女たちと云われています」
2014-10-28 13:48:24ごぽり。湖面が泡立ち、何かが姿を現す。 それは忽ち、神立碧と水竜の周りを取り囲む。 それは、水であった。人と思しき形を成した水であった。頭が腕が、日の光を反射する水であった。 人の形を成した水が、辺りを見回したり髪に当たる場所を弄ったり、如何にも人であるかのように振る舞うのだ。
2014-10-28 13:48:31「……わたくしは徒波の魔王、ルーサルカ。《彼女たち》を統べる者」 湖の水に授肉した《女たち》(ルーサルカ)が、一斉に揺らぐ。仇敵たる勇者とその眷族に、ぎょろりと透明な視線を向ける。
2014-10-28 13:48:35