「千の想いを」~番外編・天城がいた頃/夏の日(#3)~
- mamiya_AFS
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診察台に横たわり、全身のあちこちに線がつながるパッチを貼り付け心電図を取られながら赤城が窓をなんとなしに眺める。見えるのは青い空だけだ。いかにも夏だ、という感じの大きな白い雲がのんびりと流れていく。 胸をはだけているのにカーテンが閉じていないのも、海に面しているからかもしれない。
2014-07-06 14:05:17「はい、お疲れ。今はずすよ」 白衣の女性が手際良くパッチを剥がしていく。眼鏡の奥に見える瞳はけだるげでありながら、艦娘のような意思の強さがどことなく見える。 薄い桃色の検査用の服の前紐を閉じていると、次は視力や聴力等を図る旨を伝えられた。部屋を出てからの移動ルートを聞き、頷く。
2014-07-06 14:11:06バジッ、という聞き慣れない音に顔を向けると、窓の向こうでセミが半円を描いて何度も窓にぶち当たり、その度に鳴き声になっていない悲鳴をあげている。ここには透明な壁があり止まる事も通る事もできないと気付く様子は無く、ただ暴れていた。 やがて赤城からは見えない位置へと消えていく。
2014-07-06 14:15:28音も聴こえなくなったので壁にしがみつけたか、遠くまで飛んでいったか。 あるいは。 ……。 顔を逸らし、スリッパに素足を突っ込み歩き出す。 「んじゃ、面倒だろうけどよろしくね」 女医が紙面に何か書き込みながら告げてくる。
2014-07-06 14:18:08艦娘という名前からして当然ながら、治療を受けるのは女性だけである。その為であろう、勤めている医師や看護師もほとんどが女性で構成されているようだった。わざわざ聞いてみる事もしないが、各検査で担当する方は今のところ皆女性であり、男性に身体を触れられるのに慣れていない少女は安心する。
2014-07-06 14:22:37と思った矢先に男性の医師が現れた。普通の人間用とは計れる桁が違う肺活量測定を終え、立ち上がったところで気付く。 長身痩躯な医師の、知的そうな目線と合う。にこりと微笑んでから、つい、と目を逸らされる。目の下の隈が気になった。徹夜で仕事をしてたのだろうかとぼんやり考える。
2014-07-06 14:27:54女性の看護師から次の触診で最後だと聞き、赤城がわずかに頬を緩ませる。朝から色々検査を受けているものの、時間はとうにお昼を超えておりいつ腹が鳴り出すか冷や冷やし始めていたのだ。 「…天城の妹、だったのか」 不意に、声を掛けられる。先程の男性が改めて赤城を見詰めていた。
2014-07-06 14:31:04「そうか。いや失礼、だからどうしたというわけじゃないんだ。高雄君の艦隊だったかな。今は色々と大変だろうけれど、頑張ってくれ。天龍君に検査しに来い、って伝えてくれないか。少し気になる点があるんだ、ああ、引き留めてすまないね」 そう言ってまた微笑む。いかにもモテそうな笑顔。
2014-07-06 14:36:38挨拶もそこそこに、音の鳴りにくいスリッパで部屋を出てから赤城が首を傾げる。 違和感。 彼の言葉の中に、自分としては見過ごせないような大きな違和感があった。
2014-07-06 14:40:20考えようにも飢餓感でいっぱいいっぱいな空母娘が、最後となる診察室に辿り着く。 空けっぱなしである扉をくぐると、聴診器を首に下げた女性が無表情で椅子を指し示す。 中には愛想の無い人もいてもおかしくはない。
2014-07-06 14:46:40言われた通りに息を吸い込んだり止めたりしつつも、頭の中は腹が鳴らないかどうかでいっぱいである。あとちょっとで終わる、という安心感が胃の緊張感も解いてはいないかと気が気でない。どこかに力を入れれば抑えられるものでもないので、ただ祈るしかないのだが。 「はいいいですよー。お疲れ様」
2014-07-06 14:52:57小走りすらはばかれるので早足で診察室を後にする。着替えのロッカールームが近いのに安堵しつつ、広い廊下を歩く。こちら側の窓は鎮守府の敷地内に面しているので立ち並ぶ施設達が見えた。 …視界の隅に食堂を見てしまい、空腹感が高まる。
2014-07-06 14:59:06腹八分目の時点でさらりと伝説を生んだ少女が食欲に思いを馳せていると、せかせかと艦娘が2人向かいから早足でやってくる。服装と身長からして駆逐艦だと思われた。 すれ違う。 「もう、なんなのよあの天城って人!」 赤城の足が止まる。
2014-07-06 15:06:21「堂々とサボりですかぁ。生ける英雄さんは違うわねぇ。んー。女性の場合英『雄』じゃおかしいのかなぁ」 「どうでもいいわよ! あのクソ空母! ほら、あんたも高速修復剤使われたのをラッキーだなんて思ってないでしょうね、すぐ出撃よ! 急いで!」
2014-07-06 15:08:29「曙は真面目ねぇ。もっと気楽に行きましょうよぅ」 「あんたはのんびり過ぎるの! 今日も正面から被弾したらひっぱたくからね!」 振り向いて眺めているものの、2人の駆逐艦娘が角を曲がり見えなくなる。片方の声だけはしばらく響き続けてはいたが。
2014-07-06 15:14:52