- OBAKEnoMIKATA
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学校を飛び出した神奈は、気がつくとJRの駅前にやって来ていた。彩瓦駅の周辺はファミレスやカラオケボックス、大きな本屋やゲームセンターが集まっていて、町の規模の割に結構繁盛している。だが、さすがに平日の昼間は人影もまばらだ。#OnM_1 58
2014-11-29 18:04:24神奈は駅前広場のベンチに腰掛け、途方に暮れた。「顔 腫瘍」などでネットを検索してみても、顔にできる腫瘍に関する記事だけで、顔の形をした腫瘍の情報なんて出てこない。と、目の前が薄暗くなったかと思うと、網代笠を頭に乗せた僧侶が見下ろしていた。#OnM_1 59
2014-11-29 18:05:01若く、精悍な顔つきの僧だった。愛想よく言う。「何か、お困りではございませんかな」「……い、いえ。別に……」「本当に?」僧侶はぐいぐい顔を寄せてくる。「貴女からは悪い気を感じます。何か、悪いモノに憑かれておいででは」「えっ」#OnM_1 60
2014-11-29 18:05:35「頭……首……いや……胸。右胸、ですな」「えっえっ」神奈は、僧が袈裟の中に隠したスマートフォンの地図アプリ上で、自分の位置を青い光点が示しているのを知らなかったし、コールド・リーディングという技術についても無知だった。#OnM_1 61
2014-11-29 18:06:13単に神奈の反応を見ながら推測しただけの言葉を、ズバリ自分の患部を言い当てられたものと勘違いしてしまったのだ。(もしかしてこの人、本物?)神奈は思った。喋る腫瘍があるのなら、超能力だか霊能力だかを持った坊主がいても、不思議ではないかもしれない。#OnM_1 62
2014-11-29 18:06:35「どうかお力にならせてください。御仏の加護があれば、必ず貴女は救われます。私を信じてください」強く迫られて、神奈は頷いた。内心、藁にも縋りたい気持ちだったのだ。差し出された僧侶の手をとった瞬間、胸の腫瘍が、恐ろしげにブルッと震えたような気がした。#OnM_1 63
2014-11-29 18:07:04神奈が僧侶に手を引かれ、タクシーに乗るところを、電柱の上から一羽のカラスが見ていた。首に、可愛らしい巾着袋を提げている。カラスはパッと飛び立つと、駅の裏手にある、小さな煙草屋に向かった。店番の老婆は熟睡中で、カウンターに降り立ったカラスに気づきもしない。#OnM_1 64
2014-11-29 18:07:41カラスは巾着から十円玉を出すと、赤電話のスロットに放りこんだ。受話器を引っ張り下ろし、嘴でダイヤルを回す。それから通話口に向かって、甲高い少女の声でわめき立てた。「あ、もしもし哀ぽん? 事案発生ポイんだけど」#OnM_1 65
2014-11-29 18:08:04「うん……うん。分かった。ありがと」疾駆するサイドカーの側車。哀はスマートフォンの通話モードを切り、再びタブレットに目を落とした。「マコト、悪いニュース。調停案件が要保護案件になった。鴉天狗のほっしーが、駅前で一高の女子が坊主に拉致られるの見たって」#OnM_1 66
2014-11-29 18:09:03「しまった」追い越し車線でぐんぐんスピードを上げながら、マコトは舌打ちした。「やっぱり殴ってでも止めておくべきでした」「ちょっとちょっと」「追跡は?」「……できてる。鹿羽町の方に向かったみたい」#OnM_1 67
2014-11-29 18:09:34「なるほど」鹿羽町には駅前よりも古い繁華街がある。いかがわしい店や暴力団のテリトリーになっている場所も多い。「急ぎましょう」マコトはのろのろ走っているトラックを強引に追い抜き、クラクションを背にサイドカーを加速させた。#OnM_1 68
2014-11-29 18:09:50一方、神奈は僧侶に導かれるまま、鹿羽町の古い商店街を訪れていた。歩くほどにシャッターを降ろしっぱなしの店や、落書きだらけの建物が増えていく。路上には生ゴミ。段々、神奈は心細くなってきた。#OnM_1 69
2014-11-29 18:10:26しかし、僧侶――鉄宗の歩調は淀みなかった。有無を言わせぬ勢いで、神奈をぐいぐい引っ張っていく。やがて彼は、薄汚れた雑居ビルの前で足を止めた。ビルの前に立っていた、見るからにガラの悪そうな若者二人が鉄宗に黙礼するのを見て、神奈の心胆は一気に冷えた。#OnM_1 70
2014-11-29 18:11:17「さ、こちらへ」「あ、あの」「すぐに済みますから」「やっぱり、私――」抵抗虚しく、神奈はビルの中へ連れこまれていった。その様子を、生ゴミにとまった一匹のショウジョウバエが、じっと見ていた。#OnM_1 71
2014-11-29 18:12:27ショウジョウバエがぶん、と飛び立った。しばらく飛行し、マンホールの近くでチャバネゴキブリを発見すると降下して、接触した。触覚を触れ合わせて、何かを伝える。伝えられたゴキブリは踵を返すと、カサカサと走り出した。#OnM_1 72
2014-11-29 18:12:57チャバネゴキブリからアカハライモリへ、イモリからドブネズミへ、ネズミからムクドリへ……奇妙な伝言ゲームは続いた。最後にムクドリが駅裏の煙草屋に赴き、電話の前にスタンバイしていた巾着袋のカラスに情報を伝える。カラスが再びダイヤルを回した。#OnM_1 73
2014-11-29 18:13:22「うーっ!」雑居ビルの地下室に、くぐもった悲鳴が響く。手術台のようなベッドに拘束された神奈の声だ。「ううーっ!」口には猿轡。手足は革のベルトでがっちり拘束されている。頬の痣は、抵抗しようとして鉄宗に殴られた痕だ。#OnM_1 74
2014-11-29 18:14:47バスルームを巨大にしたような薄暗い部屋だった。床も壁もタイル張りで、床には排水溝。その周囲にこびりついている赤黒い染みが何なのか悟って、神奈は吐きそうになった。鉄宗は鼻歌まじりに糸鋸やペンチを載せたカートを転がしてくる。#OnM_1 75
2014-11-29 18:15:07全体的にサビとカビにまみれた薄汚い部屋の中で、壁際の一角だけが浮いていた。そこにはジューサーミキサーの怪物みたいな巨大な機械と、スチールラックが据えられており、無慈悲そうなシルバーにぴかぴか輝いている。#OnM_1 76
2014-11-29 18:16:02スチールラックの中には、SF映画の小道具みたいな金属カプセルがぎっしり詰まっていた。カプセル脇のスリット――ガラスの小窓から、青白い光が漏れている。よく見れば、ジューサー状の機械にも、同じように光る液体が点々と付着していた。「ときにお嬢さん」#OnM_1 77
2014-11-29 18:16:28「お化けの身体は、一体何で出来ていると思いますか」鉄宗が鋭利なナイフを弄びながら言う。返事を期待しての問いではない――神奈の口はとうに封じられている。単なる独白か――それとも舌先をもって神奈を嬲ろうという腹か。#OnM_1 78
2014-11-29 18:17:31