茂木健一郎(@kenichiromogi)さんの連続ツイート第1378回「井戸掘り話の可能性」

脳科学者・茂木健一郎さんの12月18日の連続ツイート。 本日は、きのう、ふと思っていたこと。
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茂木健一郎 @kenichiromogi

連続ツイート1378回をお届けします。文章は、その場で即興で書いています。本日は、きのう、ふと思っていたこと。

2014-12-18 07:01:27
茂木健一郎 @kenichiromogi

グレン・グールドは、なぜ、コンサートでピアノを弾くことをやめてしまったのだろうか。何とはなしに、わかる気がする。聴衆は、音楽家にとって、命である。しかし、それは同時に、阻害要因でもある。ホールを満杯にした聴衆の存在によって、音楽が変質するのだ。

2014-12-18 07:02:19
茂木健一郎 @kenichiromogi

ウラディミール・ホロヴィッツなどは、最後まで、聴衆の存在をたのしんだ人かなと思う。若い頃の超絶技巧が衰えた晩年も、聴衆は彼のピアノに熱狂した。ピアニストも、演奏を終え、満場の拍手を受けているときに、心から満足したような、そんな表情をしていた。

2014-12-18 07:03:39
茂木健一郎 @kenichiromogi

ホロヴィッツの道は、多くのピアニストにとっての一つの夢だろうけれども、グールドはまた別の道を示した。聴衆の物理的存在を前提にしない音楽つくり。スタジオに籠もって、自己に沈潜し、井戸を深く降りていく。だからこそ、あの奇跡のような「ゴルトベルク変奏曲」が生まれた。

2014-12-18 07:05:02
茂木健一郎 @kenichiromogi

話をする、ということについても、似たようなことがある気がする。講演でも、授業でも、聴衆がいると、つい喜ばせようとするし、伝えようとする。それはそれでいいことだけれども、一方では、グールドのように、聴衆の物理的存在を前提にしない、井戸を降りていく話があってもいいと思うのだ。

2014-12-18 07:05:59
茂木健一郎 @kenichiromogi

ニーチェは、『悲劇の誕生』を出版したあと大学の授業に来る学生が減ってしまったらしい。聴衆を楽しませ、感動させる話もいいが、一方で、聴衆が限りなくゼロになるような、そんな話の仕方があってもよいように思う。インターネットにより、現代ではむしろ井戸掘り話の可能性が生まれているのだろう。

2014-12-18 07:07:32
茂木健一郎 @kenichiromogi

以上、連続ツイート1378回、「井戸掘り話の可能性」をテーマに、5つのツイートをお届けしました。

2014-12-18 07:07:51