チェルノブイリの白血病(Noshchenko ら)~ 鈴木元氏による批評とその間違い

Noshchenko らによるチェルノブイリの白血病の疫学調査(2010年) http://togetter.com/li/585317 について。 鈴木元氏(国際医療福祉大)が2014年9月に行った講演 http://togetter.com/li/766529 の中でこの調査に言及し、批評を行ったようですが、その批評には2つの重大な間違いがあります。それをここに指摘しておきます。
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鈴木元氏による批評

 鈴木元氏による批評 https://twitter.com/4nwanelson/status/552070488248172544/photo/1 は以下の通り:

  (1) 患者の個人線量が 100 mGyを超しており、低線量被曝ではない。

  (2) リブネ州でリスク増加があったとされるが、汚染レベルが同じように高いジトミール州ではリスク増加なし(※)。
     ※ 論文の結果を正確に引用すると、「リスク増加なし」ではなく「有意なリスク増加なし」

 これら2つはいずれも間違い、もしくは、誤解を誘う不適切な言及です。
 

ポイント (1)

 まずは

  (1) 患者の個人線量が 100 mGyを超しており、低線量被曝ではない

について。 これは単純に間違いです。Noshchenko らは 100 mGy 未満でもリスク増加があったと報告しています。それを示したのが論文の Table 4 です:

   Table 4. 線量区間ごとの症例数・対照数と白血病リスク
   http://photozou.jp/photo/show/885961/191051513

100 mGy 以上ではもちろん、 10.0-99.9 mGy の範囲でも有意なリスク増加あり となっています。該当箇所を以下に引用します:

  10.0-99.9 mGy  OR = 2.1 (95%CI 1.2-3.7), χ2 = 5.5, p = 0.02

 Table 4 は調査対象になった4つの地域の全症例をまとめたものなので、どの地域でリスク増加があったかまでは特定できませんが、100 mGy 未満でもリスク増加があったことを示しており(もしくは、示唆しており)、鈴木氏のように「患者の個人線量が 100 mGyを超しており」と言うことはできません。
 

ポイント (2)

 次に

  (2) リブネ州でリスク増加があったとされるが、汚染レベルが同じように高いジトミール州ではリスク増加なし

について。 これは Noshchenko らの論文の非常に重要なポイントにも絡むのですが、残念なことにそのポイントには一切触れられておらず、誤解を誘う言及になってしまっています。この批評を素直に読んでしまうと、「同程度の汚染を受けた2地域の一方では“リスク増加あり”、もう一方では“リスク増加なし”となってしまった、矛盾のある調査」という印象を持ってしまうでしょう。

 汚染が最も高いジトミール州ではなく、比較的低いリブネ州で最も大きな影響が見られた理由については、Noshchenko ら自身が丁寧に説明しています。その要点は非常に明快で、

  ジトミール州よりリブネ州の方が被ばく量が大きかった

というものです。ここで言う被ばく量とは、外部被ばくと内部被ばくの合計の被ばく量のことです。リブネ州では2つの理由で内部被ばくが非常に大きくなり、そのため、合計の被ばく量がジトミール州を超えるほどになってしまったのです。

 つまり、Noshchenko らは「調査対象とした地域のうち、最も高い被ばくを受けた地域で最も大きい影響が見られた」という、いたって自然なことを言っているにすぎないわけです。鈴木氏は何故かこの重要なポイントに触れていません。

 なお、合計の被ばく量がリブネ州で最も高くなった原因は、論文の p.422 にて説明されています。私が以前に作ったまとめ資料 http://togetter.com/li/585317 から該当箇所を引用しておきます:


1》 被ばく対策の遅れ
 汚染の最も高かった Zhytomyr(※ ジトミール州)では、事故後の数年間、地元で採れた食物(特に牛乳やキノコ)の摂取が禁じられ、他の地域から汚染されていない食品を取り寄せていた。一方、油断があったのか、汚染の比較的少なかった Rivne(※ リブネ州)ではそのような対策が遅れ、住民は地元の食物を食べ続けた。その結果、Rivne の住民はウクライナ国内で最も重い内部被ばくを負ってしまった。

3》 Rivne の土壌の特殊さ
 Rivne の Cs-137 降下量は 200,000 Bq/m2 以下であり、ストロンチウムやプルトニウムからの寄与は無視できる。ところが、土壌や植物からは予想を超える濃度の Cs-137 が検出され、これが高いレベルの被ばくを引き起こした。
 Rivne 地域の土壌は、土から牛乳への放射性核種の移行が最も起こりやすい“泥炭湿地土壌(peat-swampy soil)”であり、これが高いレベルの内部被ばくを引き起こす原因になった。


 

おわりに

 以上に示したように、鈴木元氏による批評はあまりに不正確であり、元論文の著者たちへの礼を失するものである、と私は思います。