不良に殴られた思い出とチョイ悪親父

まとめました
2
三一十 四四二三 @31104423

歯の悪い歯科医。 いいかげんなことしか書きませんよ

三一十 四四二三 @31104423

少年の関わる犯罪や自殺は、事件発生前に少年がSOSのサインを親や周囲の大人たちに対して発しているという。そのサインを見逃した大人にも責任がある、ということだが、しかしそうしたサインを大人が事前に察知し事件が防止された例はあるのだろうか?サインは常に事件後に発見されるのではないか?

2015-03-02 08:50:25
三一十 四四二三 @31104423

週刊誌に「気づいて欲しい子供のサイン」といった記事があり「急に無口になり、遠くを見て涙ぐんでいる」とか「ふいに死にたいと口にする」といった例が示されているが、サインというには、ひどくわかりやすく、まあ、これを見逃して子供が死んだら親や教師の責任は重いと思うが、本当にそんな見え見え

2015-03-02 09:17:17
三一十 四四二三 @31104423

のサインが事件の前に発せられているのだろうか?もし子供が子供なりの矜持でもって危険な心理を隠そうとしていれば、サインがあったとしてももっと屈折したわかりにくいものになるのではないか?確かに事件後にわかりやすいサインが発覚することもあるが、その例は多くないのではないか?

2015-03-02 09:22:35

三一十 四四二三 @31104423

中学の時、狂人のような同級生に何十発も殴られ血塗れになった。クラスの連中は遠巻きに眺めるだけで誰一人凶行を止めようとはしなかった。この事件は私の人間形成に深く関わっている。3年前、この学年の同窓会が行われることになったのだが、その幹事が件の狂人である。私は即座に断り、その理由を

2015-03-02 14:21:25
三一十 四四二三 @31104423

もう一人の幹事に伝えた。するとその幹事は「何だ!そんな昔のこと水に流せよ。あいつも更生して立派な社会人になってるんだぞ!子供みたいなこというな!」と、まるで私の方が悪者のようにいうのだ。それに件の狂人は、今では私を殴ったことや、私という人間の存在自体を忘れているようだ、とも言う。

2015-03-02 16:33:56
三一十 四四二三 @31104423

この男も当時は、狂人に殴られる私を遠巻きに眺めて、止めようとしなかった「その他大勢」の一人であり、私にとやかく言える立場ではない。衆目に晒されながら殴られ、「やめてやめて」と叫び、目からも鼻からも血を噴き出した当事者の気持ちなどわかろうはずがない。それにしても狂人が、あれだけのこ

2015-03-02 16:39:39
三一十 四四二三 @31104423

とをしでかしながら、全て忘れている、私という人間すら記憶にない、というのも悔しいではないか。 だから私は、今や立派に更生したという狂人に、そのことを思い出させるために、前言撤回して同窓会に参加したのだ。 しかし当日、狂人の姿は無かった。何が立派に更生しただ。狂人は同窓会の数日前に

2015-03-02 16:45:11
三一十 四四二三 @31104423

行方不明になったという。何かしらの揉め事に巻き込まれて、逃げ回っているのだ。その事実を知ってわしはヒヒヒヒ…と心から笑い、大変爽快な気分になった。私を殴ったことを忘れたバチだ。と思った。

2015-03-02 16:49:05
三一十 四四二三 @31104423

私は所謂イジメられっ子ではなかったが、荒れた中学に通っていたため、恐ろしい不良を刺激しないよう、ビクビクしながら日々を送っていた。時には、不良のカバンの中にたっぷりとハチミツを流し込んだり、リーゼント野郎の頭上の蛍光灯に給食のバター(角いやつ)を乗せて、午後の授業で蛍光灯が点灯す

2015-03-02 17:55:25
三一十 四四二三 @31104423

ると、その熱でバターが溶けて、タラタラとリーゼントに滴り落ちるような細工をしてストレスを晴らしていたが、せいぜいその程度のことしかできなかった。私をボコボコにした例の狂人に対しては、どんな些細な復讐もできなかった。怖くて。

2015-03-02 17:59:19
三一十 四四二三 @31104423

少年期に不良であった人は、成人しても更生することなく不良であり、ただ年齢相応に処世術を身につけただけだから、決して「俺も昔はヤンチャだった」といった言い方はしない。そういう言い方をする人の多くは、気弱な心配性であり、子供時代のあだ名が青瓢箪だったりする。不良の自由気ままな生き様に

2015-03-03 08:15:50
三一十 四四二三 @31104423

憧れがあり、そうでなかった子供時代を悔やんで「昔ヤンチャだったことにしたい」だけなのだ。周囲の人はそのことに気づいているが、いい歳をしてヤンチャ願望が抜けぬ彼に哀れを感じて「ああ、そうだったのか。ふ〜ん」と話を合わせてやっている。その気遣いを察知できない彼はやはり低能なのだろう。

2015-03-03 08:27:54
三一十 四四二三 @31104423

先日、中学の同級生とばったりと出逢った。しかし話は盛り上がらなかった。彼は優等生だったが、私が不良狂人に殴られている時、ただ遠巻きに見つめるだけの大勢の一人だった。また彼が教室で無理やり煙草を吸わされて泣いていた時、私はそれを眺めるだけの立場であった。そのお互いの記憶が、40年を

2015-03-03 08:37:26
三一十 四四二三 @31104423

経てなお両者の間の壁になる。「昔、俺はヤンチャだった」などと見え透いた虚言で胸を張る、何十年も不良に憧れ続ける馬鹿親父は、こうした現実を知って反省してもらいたいものだ。

2015-03-03 08:41:33
三一十 四四二三 @31104423

「昔はヤンチャだった」のメンタリティがさらに具体性を帯びたのが「チョイ悪親父」である。私はこの言葉のいかがわしさ、情けなさには耐えられない。「わしはチョイ悪親父だぜ」そんなことを言ってくれるな。「悪」ったって、万引きも立ち小便もしない、せいぜい女房の財布から千円抜くぐらいだろう。

2015-03-03 08:49:24
三一十 四四二三 @31104423

チョイ悪親父の語源は、「チョイグレ野郎」だ。これはデビュー頃の石原裕次郎を指して使われた言葉で「少しグレているが根はいい奴」の意味だが、グレるという言い方が古いのでチョイ悪に変更したのだろう。なおグレるの語源は「ハマグレ」で、ハマグレとは蛤のこと。ハマグレをひっくり返してグレハマ

2015-03-03 10:02:36
三一十 四四二三 @31104423

。グレハマを略してグレ、それを動詞にしたのが「グレる」。なんだかよくわからないが、昔は蛤に何か悪い意味があったのではないか?だから語源をさかのぼれば、チョイ悪親父は「はまぐり親父」と呼ぶのが正しい。

2015-03-03 10:05:38
しの @bianchino7

@31104423  貝合わせと言う蛤を使った遊びをご存知ですか?同じ蛤ならピタリと合うけど違う蛤同士は合いません。その合わない蛤の組み合わせを「ぐりはま」と呼び、その場に合わない事、モノがぐりはまと言われて次第にぐりる→グレると変化していったそうです。

2015-03-03 21:09:19