天叢雲剣譚【1-3】

天叢雲剣譚【1-3】です。絶体絶命のピンチに陥った叢雲。彼女はどうやってこの困難を乗り越えるのか――。
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天叢雲剣譚 @sio_murakumo

痛みを訴えていたはずの右腕を無理やり動かし、渾身の力を込める。 「はあぁぁぁぁぁっ!」 今にでもその砲弾を撃ち出さんとしている敵の主砲に槍の先端を突き刺す。金属が擦れあう音が聞こえたかと思うと、次の瞬間には爆発音が周囲に轟いた。槍を持った手から腕、身体へと凄まじい衝撃が走る。

2015-03-06 00:34:45
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

本来なら私の身体に風穴を開けるはずだった砲弾。しかし槍によって防がれたそれは、行き場を失くして砲身のなかで爆発した。所謂、腔発と言われるものを意図的に引き起こしたのだ。その衝撃はへ級を止めるには十分すぎるものだった。態勢を立て直すなら今しかない!

2015-03-06 00:39:51
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

今度こそ身体を起こして敵と自分の状態を確認する。砲身に突っ込んだ槍は先端がひしゃげ、一部分が熱により溶けている。それだけではない。砲弾の直撃と暴発の影響で満身創痍だった。 しかしそれはへ級も同じだった。爆発で主砲の前半分は吹き飛び、身体には主砲の破片らしきものが刺さっている。

2015-03-06 00:50:28
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

私は辛うじて動く左の主砲を動かしてへ級に照準を合わせる。すでにフラフラで危ういが何とかして踏みとどまる。 「悪いわね。私は諦めが悪いのよ。それに」 へ級も主砲を構えるが砲弾は撃ち出されず、かちりと乾いた音だけがその場に響く。私は深呼吸すると一思いに、片方しかない主砲を斉射した。

2015-03-06 00:59:11
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「同じことを繰り返すわけにはいかないのよ! 沈めッ!」 砲弾は吸い込まれるかのようにへ級の胴体に直撃した。爆発音を轟かせると身体を燃やしながら、空に手を伸ばして海中へと沈んでいった。私はその様子を見届けるとへなへなとその場に座り込んだ。緊張感が和らいだのか痛みがぶり返してくる。

2015-03-06 01:09:37
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「はぁ、派手にやったわね……」 自分の身体を見回すとあちこちに火傷や擦過傷が広がっている。機関部が無傷なのが救いか。私は痛む身体に鞭を打って立ち上がる。このままここに残るわけにもいかない。すぐにでもみんなと合流しなければ。私は切っていた通信機を再び立ち上げて伊勢に連絡を取った。

2015-03-06 01:19:23
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「あー、伊勢?」 『叢雲ちゃん!? 無事なの?』 「ええ、何とかね。そっちは?」 『こっちは大体終わったわよ。相手は撤退。どうする? 追う?』 「いや……放っておいていいわ。目的は達成したし」 『了解。それじゃあ合流しましょうか』 伊勢から現在いる地点の座標を告げられる。

2015-03-06 01:25:52
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

どうやら軽巡へ級と戦闘している間に、みんなが交戦していた区域から少し離れていたらしい。私は槍を肩に掛け、痛い身体を引きずるようにして伊勢らと落ち合うために戻ることにした。その途中、何機か艦載機を見かけたが攻撃してくる様子は見受けられなかった。 「みんな、無事だといいのだけれど」

2015-03-06 01:30:28
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

先程まで戦闘が行われていたとは思えないほど静かな海域を進みながら、周囲を警戒しつつはぐれたみんなを捜す。しばらくすると最初に私がロ級と交戦した場所からそう遠くないところに集まっている伊勢らを見つけた。気付いた伊勢が慌てて駆け寄ってくる。 「あ、叢雲ちゃん……ってどうしたの!?」

2015-03-06 01:37:37
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「あー、大丈夫よ。少しヘマしただけだから。あ、あと軽巡へ級はやっつけておいたわ」 「もう……みんなには無理するなって言うのに、叢雲ちゃんは……。もっとみんなに頼りなよ」 「私は一人でも何の問題もないわ。今回も無事だったし。それで相手はどうなったの?」 「本当にもう……」

2015-03-06 01:44:13
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

伊勢はやれやれと言った様子でこめかみを押さえる。代わりに妙高が現状を伝えてくれた。 「こちらの戦果としては軽母ヌ級を撃沈、重巡リ級を中破に追い込みました。加えて不知火さんの魚雷で駆逐ロ級、叢雲さんが軽巡へ級を倒したということなので、相手の残存勢力は重巡リ級、駆逐ロ級になります」

2015-03-06 01:48:07
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「そう、それならいいわ。こっちの被害は?」 「伊勢さんが小破していますが他の皆さんは軽傷で済んでます。あとは……」 そう言って妙高は私の頭の先から爪先まで隅々見回すと、 「叢雲さんが大破、と言ったところでしょうか」 「自分の状態ぐらいわかっているわよ。みんなが心配性すぎるのよ」

2015-03-06 01:55:26
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「そんなことありません。ここまで言わないとあなたはやめませんから……。あまり無理をなさらぬようにしてください」 「……ええ、注意するわ」 胸が針を刺されたようにチクリと痛む。心の中ではわかっていてもそれを上手く表に出せない……私の欠点ね。あまり、認めたくはないけれど。

2015-03-06 02:04:26
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「是非そうしてください。私たちが控えていますから」 あくまでも諭すように妙高は優しく微笑むと手をパンと叩いて、 「この話はおしまいです。私たちも帰投しましょう」 「そうね。敵も完全に退いたようだし」 三百六十度見回しても、私たち以外に海上に立つものはいない。もう大丈夫だろう。

2015-03-06 02:16:17
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「第一艦隊、これより帰投するわ。各自警戒は怠らず、単横陣!」 そう命令を出したときだった。通信機にノイズ混じりの音声が飛び込んでくる。 『む、叢雲さん、大変です! 先ほど通信が入ってきたんですが、そこから南に十キロほどの地点で一般船が深海棲艦に追われている、とのことです!』

2015-03-06 02:22:01
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「何ですって? それで?」 『至急迎撃しろ、と命令が出ています』 同じく通信を聞いていた伊勢が小声で私に聞いてくる。 「もしかしてさっきの生き残り……?」 「その可能性が高いわね」 時間といい距離といい、ほぼ間違いないだろう。幾ら手負いの重巡とはいえ、一般の船では対処できない。

2015-03-06 02:29:26
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「わかったわ。これからそこに向かうわ」 『わかりました。くれぐれも無茶はしないでください。あと報告ですが、先ほど第二艦隊が無事、帰投しました。ドッグが空き次第、損傷が激しい人たちから修復に向かわせます』 「助かるわ。鎮守府の方は頼むわね」 「はい! 大淀にお任せください!」

2015-03-06 02:33:50
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

大淀はそう言って通信を切った。私はその場にいる三人に、 「みんな、今の聞いてたわね。これより深海棲艦に追われている一般船の救助に向かうわ。おそらく敵は撤退したリ級とロ級。燃料と弾薬の残りも気になるし、さっさと済ませましょう」 全員が力強く頷く。ただし一つ大きな問題があった。

2015-03-06 02:42:52
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「ただ……私は戦えないわ。さっきの戦闘で弾薬も失ったし、ご覧の有様。護衛をすることも考えると、戦えるのは二人だけよ」 そう言うと、不知火が静かに手を挙げる。 「それなら不知火が叢雲さんと船の護衛にまわります。ここは伊勢さんと妙高さんの火力で早めに終わらせた方が賢明でしょう」

2015-03-06 02:49:59
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「そうね、お願いするわ。伊勢、妙高。敵の掃討は任せたわよ」 「わかったわ。今度こそきっちり仕留めるわ!」 「陣形は単縦陣。順番は伊勢、妙高、私、不知火。二人に戦闘は任せて私たちは護衛に回りましょう」 「了解!」 三人が声を揃えて応じる。私たちは南に進路を取り敵の殲滅に向かった。

2015-03-06 02:54:38
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

潮岬鎮守府の叢雲【1-4】へ続く

2015-03-06 02:56:14