これ、餞別。 ぽい、と渡された封筒に首を傾げる。輸入業者だった彼はいつの間に郵便配達員になったのかと思わずぽかんとしてしまった。いつもなら勝手にトラックを持って行っては大量の木箱を運び、中身をぶちまけて大笑いして去っていく彼が、今日はやけに大人しかった。
2015-04-19 00:37:55作業のしやすいラフな格好と違って、カッターシャツなんか着て、さ。なにお前、これからどっか行っちまうの?で、この封筒なに? それ、あとで開けてみて。オイオイ、今じゃなくて。後で。な? 不思議な重みを持った封筒が、違和感だけを募らせていく。
2015-04-19 00:41:52じゃ、俺そろそろ行くから。船の時間もあるし。またな、オッサン。愛してるよハニー。 たわいもない軽口が冗談に聞こえない。 「おい、ちょっと待てよ、なぁ!!」 「無理なんだ、ごめんな。もう行かなきゃ」
2015-04-19 00:44:18行かなきゃってどこに?帰っていくなんていつものことなのにどうしてだか胸騒ぎが収まらない。こういう時に、なんて言葉をかけたらいいかわからなくて。結果呆けてみるだけになってしまったその間に、彼は後ろ姿にヒラヒラと手を振って、あっけなく去って行ってしまった。
2015-04-19 00:46:10何が何だかわからなくて、そのまま店に戻った。店先の弟は商品の確認をしていたようで、俺を見るとそのまま、目線が下に移動した。 「あれ、兄さんそれ、なんですか?」 そうだ、封筒。透かして見ると、小さな長方形の硬い何かが狭い空間のなかでスライドする。
2015-04-19 00:49:00手紙ではないらしく、少し乱暴に端の部分を破くと、その中身が手に落ちた。 「へえ、それ栞ですか?キレイですね、本島で買ってきたのかな」 金色の上品な縁が中央まで緩やかにのびて、綺麗に形作られたそれは。 「レモンの花ですね、それ」
2015-04-19 00:51:39ラブレターでももらったんじゃないですか?なんて弟は笑っていた。 レモンを商品に扱う俺が知らないと思っていた、訳がない。賢いアイツならきっとそれも見越したうえでこれを俺に渡したんだと思う。
2015-04-19 00:52:42―なぁ、俺本当にアンタのこと好きなんだぜ? ―真剣に愛してるってば! ―そろそろ振り向いてくれねえかなぁ、ハニー? 甘ったるくて、おちゃらけてて、だからこんな言葉、信用できないと思っていた。相手になんてしなかった。出来るわけがなかった。信用したら、戻れない気がして。
2015-04-19 00:54:00愛してるよハニーなんて、ふざけた物言いに隠された本当の気持ちを、正しく受け取ったっていうのに。今更信じたって遅いって?知らない顔し続けてた罰か何かか? とにかくはっきりしているのは、応えたくてもその相手がもう、いないこと。
2015-04-19 00:57:24「あれ、兄さん?どうかしたんですか?」 何でもない、と答えるのが精一杯だった。キッチンに入って扉を閉めてしまえばあとはもう、声を殺してダダ漏れになる涙をひたすら拭うくらいしかできなかった。 自分の不器用さを心底恨む。 ―愛してるよ、ハニー。 なぁ俺もって、届かないんだな。
2015-04-19 00:59:31餞別なんてやめてくれよ。俺、もう一回会いたいんだ。なぁ前みたいにたくさんのレモン運んできてくれねえの?勝手に車つかってっていいからさ。船が無くなったら泊まってっていいからさ。お前の好きな晩メシだっていくらでも作ってやるからさ。 だからもう、こないなんてそんなこと。
2015-04-19 01:01:11< なんてな!!!オッサン船なくなったからメシ!!!! < おっまえ!!心臓に悪すぎんだろ!!!!マジでやめろよこういうの!!!あほ!!!! < あれ?俺またなって言わなかったっけ? < あっ…… < そういうこった愛してるぜハニー!!!! < ばっか…お前ばーか!!
2015-04-19 01:04:58