真夜中の釣り大会#4(終)
(前回までのあらすじ:ある山村へ観光に来たフィルとレッド。そこで釣り大会が始まるが、参加者は4人しかいない。釣りの最中、フィルとレッドが夜の山中で迷子になる。雨吸いという男に助けられ大会を再開するが、そこに雪熊が現れ再びバラバラになる。雨吸いの正体は雪熊であった)
2015-06-27 17:42:29「連絡もせずに助けを待つのは時間がかかる。俺が村まで送ってやろう」 雨吸いはそう提案した。フィルとレッド、カップルの二人、ガイドのメファル、そして雨吸いは下山を開始した。「結局アンコウガエルは食いそびれてしまったな」 そう言ったレッドにメファルは言う。 98
2015-06-27 17:48:22「大丈夫ですよ、私が捕まえた一匹があります。それを捌いて皆で食べましょう」 そう言って重そうな背嚢を揺らした。レッドはそれを聞いて笑顔を見せた。「ありがとうございます! 惜しむらくは、自分で釣りたかったけど……釣りは十分堪能できたよ」 99
2015-06-27 17:53:05それから雪熊に会うことも無く、無事に村に辿りつく。雨吸いは村の入り口で立ち止まった。「じゃあな、元気でやれよ」 「……ありがとう」 メファルは雨吸いに礼を言う。雨吸いは悲しそうな顔をしてその場を立ち去った。「俺は山の人間だからな、村で育ったお前とは違う」 100
2015-06-27 17:57:37雨吸いは振り返らなかった。そして骨折してしまったカップルの女性を診療所に運びこみ、一行は村の広場で休憩をした。下山にも体力を使う。メファルは一人、アンコウガエル鍋の用意をしていた。メファルの捕まえたアンコウガエルは50センチにもなる大物だ。それを吊るして、捌いていく。 101
2015-06-27 18:03:31「身体がぐにゃぐにゃしてるから、吊るして捌くのです。外の皮膚はやすりのように硬いので、普通の包丁だとすぐ使いものにならなくなってしまいます」 メファルはのこぎりのような包丁で外皮をはぎ取ると、ゼラチンのような柔らかい肉を削ぎ落していく。「身は火を通すと固まります」 102
2015-06-27 18:06:27一方カップルの片割れ、男の方は鍋の準備をしている。寸胴鍋に水を張り、煉瓦製のかまどにかけて、村の広場で鍋を煮る。沸騰した所で香味野菜と根菜を入れて、さらに煮込む。「鍋と言いますが、要は田舎風芋煮です」男が説明をしながら鍋に野菜を入れていく。美味しそうな匂い。 103
2015-06-27 18:13:49メファルはアンコウガエルの大きな肝を取りだした。「これを磨り潰して、スープに混ぜます。コクが出ますよ」 そう言って手早くすり鉢ですり下ろすと、鍋のスープに溶かしていった。「味付けは各種調味料を混ぜ合わせた特製タレです」 手早くドロドロしたタレを次々と入れていく。 104
2015-06-27 18:19:07そしてゼラチンのような身を投入し、蓋をした。「しばらく煮れば終わりです。楽しみですね」 メファルが調理を終えて、レッドの隣に座る。地面に直接敷かれたシートは冷たく、かまどの火が温かい。カップルの片割れの男はかまどの火を管理していた。彼の姿が炎に照らされる。 105
2015-06-27 18:24:45「私、この村が好きです。それは山に住んでいる雨吸いさんも同じだと思っています。雨吸いさんは私の秘密を知っているようでした。私、幼いころの記憶が曖昧で……でも、彼はそれをとうとう教えてはくれませんでした。彼がこの村に現れてから幾つもの日が過ぎたというのに……」 106
2015-06-27 18:31:16「雨吸いさん、申し訳なさそうな顔をしていました」 「彼にも色々あるのさ」 メファルとレッドは遠くから鍋を見ながらしばらく会話した。「雨吸いさんは私たちの観光プランにも反対しませんでした。ただ、悲しそうな顔をして、村から離れていったのです。そして彼は山小屋に住んでいます」 107
2015-06-27 18:37:15雨吸いはこの状況を予見していたのだろう。避けられない破滅を目の前に、彼は雪熊の楽園を思ったのだろう。何の障害も無い、自由に雪熊が暮らせる場所。そこに辿りつくまで、彼の旅は終わらないのだ。フィルは暗い山並みを見上げた。そこに……美しい光点が揺らめいていた。 108
2015-06-27 18:41:01村の広場は風も無く、人の気配も無かった。静かな空間に、フィルとレッド、そしてメファルと男がいた。会話も途切れ、蒸気で鍋の蓋が揺らぐ音が聞こえる。「そろそろ出来上がりですね」 メファルが沈黙を破った。寸胴鍋の蓋を取り、香草とスパイスを入れる。「よし、完成です」 109
2015-06-27 22:26:05メファルは鍋の中身をお椀に分けていった。フィルとレッドはお椀を覗きこむ。琥珀色のスープにたくさんの具材が沈んでいる。レッドはその香辛料の香りをどこかでかいだ気がした。静かにスープを啜る。海の魚介とは違う、淡泊だが繊細なアンコウガエルのダシを感じる! 「素晴らしいな」 110
2015-06-27 22:28:55同じくスープを味わったフィルは、具の野菜を味わっていく。十分に熱が通った野菜や根菜は、甘みがあり、スープの塩味と良く合っていた。アンコウガエルの肉を口に含むと、舌の上で溶けて、無くなってしまった。「なるほど、雪熊に追いかけられた価値は十分にある」 111
2015-06-27 22:32:39レッドは笑顔になった。「もう一杯いってもいいよね」 「はい! お腹がはち切れるまでたべてください!」 笑顔はメファルにも伝播する。やがて、皆笑顔になって鍋を食べていた。メファルは自然と涙が溢れるのを感じた。正直、酷い企画だったのだ。そう思っていた。 112
2015-06-27 22:37:05参加者も少ない。肝心の釣りは全く楽しめなかった。おまけに雪熊に追われて、怪我人も出た。七転八倒。惨めな終わりを、何度も思った。しかし……どうだろう、この笑顔を見ただけで、メファルは救われた気分になった。フィルもレッドも、不満や愚痴も無く、ただただ観光を楽しんでいるのだ! 113
2015-06-27 22:39:52「あなたたちは、本当に観光を……」 言葉に詰まるメファル。レッドは彼女の台詞に続けた。「そうさ、俺達は……」 フィルも、言葉を合わせる。「俺達は、観光のプロなんだ」 メファルは一筋の涙を流して、しかしその涙は見せぬと顔を背けた。その顔は微笑んでいた。 114
2015-06-27 22:45:25「顔を伏せちゃダメだよ。見てごらん、あの山を」 レッドはそう言って、さっきまで自分たちが駆けまわっていた山を見上げる。メファルも山を見上げる。メファルはこの村の出身だ。夜の山など見飽きている。そう、その山に灯るアンコウガエルの灯が美しいことも、知っている。 115
2015-06-27 22:48:20しかし、今のメファルの目に映るアンコウガエルの灯は、今までのどの記憶よりも美しかった。まるで黒い山がスクリーンになって銀河を映し出したような、光の洪水。「なんで、いつもの山なのに、こんなに綺麗なんだろう……」 メファルには、まだ信じきれなかった。 116
2015-06-27 22:52:36「いつも同じなんかじゃないさ。全ては変わっていく。大きな力を持つ潮流のように、力強く変わっていくんだ。山も、そして君も。景色は留まることなく、一瞬だって同じ時は無い。だから僕らは、それを目に映すために観光するのさ」 レッドはそう言って、再び鍋におかわりをしに行った。 117
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