ほしおさなえさん(@hoshio_s)の140字小説46
- akigrecque
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夕暮れの空を見るのが好きだ。知ってるよ、美しいものだけ眺め、手を汚さずにすむ人生なんてあるわけがない。守らなければならないものがあればなおさら。だれだってくたびれて、薄汚れて、終わる。夕暮れは一日の最後の色なんだ。さよならの色。ぱあっと燃えて闇になる。だからそれを見ていたいんだ。
2015-05-27 21:35:13雨で濡れた草のうえに横たわり、月の白い光を浴びていた。僕だけじゃない、空も地球もなにもかも、なぜここに自分がいるのかわからないのだと、暗い空を見ながら気づいた。僕の身体は透けてゆく。やがて骨まで透き通り、いつか涼しい風になる。だけど、ひとりじゃない。さびしくないよ、と口笛を吹く。
2015-05-29 22:08:35同じ悲しみを抱えた人と出会った。お互いなにも言わず、ただ並んで座っていた。どうしようもないことだって知ってる。ありふれたことだって知ってる。けど重いんだ。痛くてうずくまってしまいそうなんだ。空を見る。その人の瞳にも同じ雲が映っている。立ち上がる。雲を浮かべ、別々の道を歩いてゆく。
2015-06-01 19:20:11雲を読むことのできる人がいた。雲にはすべて物語があるのです、とその人は言った。物語は刻々と形を変え、ほかの物語とくっついたりわかれたり、日がな見飽きることがない。記録は取らない。取る必要がない。雲はそこにあるだけでいい。その人の身体も、もう半分くらい雲になっているのかもしれない。
2015-06-02 09:14:42子どものころは背中を掻いていて痒みの源がわかったとか、そんなくだらないことに幸せを感じたものだった。今そんな余裕はない。あのころはほんと呑気だったと思う。でもときどきぱかっと穴が開いて、子どものわたしが背中を掻いてくれるときがある。それで辛さの源がわかって、少しほっとしたりする。
2015-06-02 20:53:34夏みたいに暑い夜、生き物だかそうじゃないのかわからない気配が地面からたくさん立ちのぼってくる。ふと親しいなにかに似たものがあった気がして駆け寄るが、近づくとどれかわからない。泣きじゃくりながら、草のようなそれを全部抱きかかえる。いっしょに崩れて消えてしまうまで抱いていようと思う。
2015-06-03 22:21:47わたしのなかに森がある。分け入るといろんなものが見えてくる。腹痛のときお腹をさすってくれた父。熱が出たとき額をなでてくれた母。森はどんどん深くなり、こんなに大きかったのかと思う。高台に出る。遠く海が見える。風が吹く。この森が消える日のことを思う。涼やかにわたしはここに生きている。
2015-06-04 22:19:00ぼんやり空を見あげながら、雲がそこにあることに救われている。なにをするわけでもなく、雲はただ浮いている。そのことにほっとする。わたしも世界もなんでもないものなのだ。愛するものも憎んでいるものも会うことのないものもすべて、雲のようにただあるだけなのだ。深く息を吸い、空の一部になる。
2015-06-11 20:59:08真夜中に虹を見た。空のてっぺんに真っ白な虹がかかり、鞭のようにしなっていた。虹は夢のなかまではいりこんできて、夢を占領しようとした。剣を振るって虹を切る。白い光の粉が舞い、そのたびなにかを失っていく。虹とは自分の記憶だと知っている。すべてが粉になったらほんとうに眠れるのだと思う。
2015-06-14 00:18:11久しぶりに来た街。前にはなかった店にはいる。古いビルの一室を改築したカフェ。坪庭のようなテラスから小さな空が見える。わたしたちが世界にいるのはほんのつかのま。残せるものはほんのわずか。なのにわたしたちはなにかを作る。なにかを残そうとする。不思議なことだ。外には天気雨が降っている。
2015-06-17 23:09:14