世にも奇妙な「愛」の話

■ヴィゴ・ニールセン ニールセン家の跡取り息子。淡い金髪に宝石のようなエメラルドの瞳が印象的な、白いスーツの御曹司。 ■ダニエル・マクレーン ニールセン家に仕えるフットマンの一人。自信家で協調性に欠ける。 続きを読む
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001:White room of dolls(ダニエル)

御曹司 @applex004

使用人の朝は早い。主人たちが起きてくる前に掃除を済ませ、季節によっては暖炉に火を入れ温めておかねばならない。もちろんすぐにお料理を召し上がっていただけるように、厨房は日が登らないうちから賑やかしくあれやこれやと豪勢な食事の準備が行われている。

2015-06-29 22:55:14
御曹司 @applex004

「クレア、広間の片付けが終わったら厨房を手伝って貰えるかな?」 「はい、ルイーズさん」 すれ違いざま、執事にメイド長が答えた。 「メアリー、アシュリー、コートニーは書斎の方をお願いね」 「「「はーい、クレアさん!」」」 仲の良いメイドたちは朝早くから元気なものである。

2015-06-29 23:00:23
御曹司 @applex004

「今日の桃は一段といい色ね、ヴィゴさまがお喜びになるわ」 執事に言われた通り食事の用意を手伝いながら、広間に運ぶ用のトレーとは別に用意された一人分の朝食用のトレーに熟れた果実を乗せながらメイド長が微笑んだ。 「ヴィゴさまってほんと、桃がお好きですよね」

2015-06-29 23:06:43
御曹司 @applex004

それを見ていたまだ若いフットマンのイワンが言う。 「毎日三食必ず桃を御希望されるんですから。飽きないんですかね?」 そのまま用意ができ、運ぶだけとなったトレーに伸ばされたイワンの手を、もう一人のフットマンであるダニエルが払いのけた。

2015-06-29 23:09:13
御曹司 @applex004

「これは俺が運ぶ。"俺の"仕事だ」 「…はぁ、」 きょとんとしているイワンに目をくれることもなくトレーをひったくると、ダニエルは狭い使用人の通路を通って広間へと続く階段をさっさと登ってしまった。

2015-06-29 23:12:41
御曹司 @applex004

「別に誰が持っていっても同じだと思うですけど」 「じゃあ、イワンは旦那さまの為にこっちを広間にお願いね」 「げっ、大きい…!」 あからさまに嫌そうな顔をするイワンにクレアはくすくすと笑うと「零さないようにね」と釘を刺した。

2015-06-29 23:14:08

御曹司 @applex004

若旦那の部屋の前に着くとそのままドアノブを引いた。ノックをすることも声をかける必要もない。あの人が朝方に屋敷にいらっしゃることの方が稀なのだ。 案の定、誰もいない綺麗に整頓された部屋の中にトレーを置くと、机の引き出しを開ける。中には女性からの手紙がわんさかと詰まっていた。

2015-06-29 23:35:49
御曹司 @applex004

俺にとってはゴミ同然のそれらを掻き分けて引き出しの下板を外す。一部が二重底になっており、わずかな隙間のあるそこには数十という鍵のついた束が仕舞われていた。 俺はそれを取り出すと、丁寧に手紙を戻し、朝食のトレーから桃の入った皿だけを手にクロゼットへと向かう。

2015-06-29 23:41:14
御曹司 @applex004

綺麗に並んだスーツやシャツをかき分けると、白い壁に金のドアノブが付いているのが見えた。その小さな扉を開けた更に奥、少しだけ開けた空間の先には、もう一つの扉が待っている。 重々しい鉄のチェーンを感情に巻きつけ、鍵束についた鍵の数だけ錠のされた扉。

2015-06-29 23:48:44
御曹司 @applex004

俺はそれを開ける前にしっかりと今入ってきたクロゼットへ繋がる扉を閉めた。 全ては若旦那の言いつけのままに。 そして一つ一つ鎖と鍵を外していく。まるで怪物でも封じ込めるような重々しい扉をやっとの思いで開ける状態へと導くが、この扉を開ける瞬間はいつまで経っても好きにはなれない。

2015-06-29 23:52:17
御曹司 @applex004

見た目の割には嫌に軽く感じる扉を開けると、そこに広がっているのは一面の"白"だ。 床も天井も、目がくらむほどの白に塗りつぶされた部屋には窓は一つもなく、幼い子ども向けの絵本が積まれた白い机と、大きな白いベッドくらいしか物はない。

2015-06-30 00:01:02
御曹司 @applex004

そのベッドに、一人の少女があられもなく寝転がっていた。 白いシーツの海に長く繊細な白金の髪を漂わせ、フリルの裾から細く艶かしい脚を投げ出した美しい少女。その光のない翠の瞳はこちらに向いているが見えているのかさえ分からないほどに無反応を貫く様はまるで命を持たない人形のようだった。

2015-06-30 00:09:16
御曹司 @applex004

その視線に無意識に眉が寄っていた。 俺はこの部屋が嫌いだ。この部屋の中でひとり呼吸を続けている少女が動いている瞬間を俺は見たことがない。この、あまりにも若旦那に良く似ている美しい少女が何者なのか、知る訳もなければ知りたいとも思わなかった。

2015-06-30 00:21:06
御曹司 @applex004

誰が見ても明らかに異様だった。窓もなければ風もない、一定の温度に保たれたこの部屋は"時"さえもを閉じ込めてしまったかのように全てが停止しているようで悍ましかった。

2015-06-30 00:26:19
御曹司 @applex004

出世を望む俺を気に入った若旦那が、まるで契約のように、不在の時にこうして代わりに食事を差し入れるという仕事さえ与えなければ決して近づきたくはない場所であった。 もちろん使用人になったばかりのイワンや平和ボケしたようなクレアも誰も知らない。

2015-06-30 00:29:39
御曹司 @applex004

もしかすると旦那様さえ、密かに生かされているこの少女の存在を知らないのではないだうか。 そんな少女の秘密を守り、世話の一端を担うのが俺が若旦那に与えられた忌まわしくも光栄な"使命"だった。

2015-06-30 00:32:12
御曹司 @applex004

持っていた少女の食事を入り口付近の台に置くと俺はもう中を一度も見ずに扉を閉めた。 数をかけながら開けた時と同じ数であることを確認し全ての鍵をかけ、俺の朝の仕事は終わる。

2015-07-01 08:16:42
御曹司 @applex004

部屋の戸を開ける時は細心の注意を払うこと。部屋の少女と口をきかないこと。少女と部屋の存在を口外しないこと。 幾つかの細かい取り決めを守り、この悍ましい扉を開けるごとに俺は目的へと一歩ずつ距離を詰めていくのだ。

2015-07-01 08:16:49

御曹司 @applex004

「アハ、ご苦労サマ♡」 丁度部屋から出ると、扉の前に立っていたご本人さまと鉢合わせとなった。「お帰りなさいませ。なにかお持ち致しましょうか?」「アリガト♡キミが持ってきてくれタ朝食だけで充分だヨ」上着を脱ぐ手伝いをしながら声をかければ若旦那は端麗なお顔にあどけない笑みを浮かべた

2015-07-01 19:50:38
御曹司 @applex004

「良ければ湯浴みの準備をしますが」 「うーん、イイや。疲れちゃっタ」 若旦那はツ、と指先でチキンの乗った皿の縁を撫でると、俺を見て今度は意味深な笑みを向けた。 「…まだ仕事が残っていますので」 「ダーメ♡コレも仕事」

2015-07-01 20:02:14
御曹司 @applex004

にこにこと笑いながらベッドに腰掛ける若旦那に内心で溜息を吐く。 「では失礼します…」 俺は運んできた料理を一口で食べやすい大きさに切り分けフォークに突き刺すと、このわずかとはいえ歳上の男にまるで赤子にするように差し出した。彼はそれをさも嬉しそうに口に咥え込む。

2015-07-01 20:18:21
御曹司 @applex004

「ン、美味し♡」 赤い舌を覗かせる姿は無邪気に見えてどこか艶かしい。こういう表情に女は心をくすぐられるのだろうが、残念なことにやってることはただの大きな子供だ。 こんな威厳のない若旦那の姿を誰が知るだろう。もちろん誰にでもこうという訳ではないのだろうが。

2015-07-01 20:33:35
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