撫子氏による瑞雲小説「夏瑞雲」
ミーンミンミンミンミーン… セミがやかましく鳴いている、今年もまた夏の季節がやって来た。 夏が来るたびに思い出す、あの忘れられない夏を、あの翼を…
2015-08-02 00:00:39祖父の家は東京から何時間もかけてフェリーに乗って行かなければならない島にあり、私は家に一人でも平気だと言ったのだが、心配した父によって預けられることになったのである。
2015-08-02 00:05:15〜島〜 父「それじゃあお義父さん、智子をよろしくお願いします。…智子、もう少し嬉しそうな顔したらどうだ?」 智子「…」 ずっと東京のマンションに暮らしていた当時の私にとって、離島とは未開の地に相応しかった。ここで一ヶ月など考えただけでも頭が痛くなるような話だったのだ。
2015-08-02 00:06:52祖父「安心してくれ康弘さん、田舎だがこの島はいいところだ。智子ちゃんだって三日もすれば慣れるだろう。」 父「だといいんですけどねぇ…智子、お爺ちゃんを困らせないようにな?」 智子「…うん。」 父「それじゃあ私はこれで、そろそろ船の時間だ。身体に気を付けろよ、智子。」
2015-08-02 00:10:00祖父「ここが智子ちゃんの部屋だ、何にも無いが…机はある。夏休みの宿題をやる分には困らないはずだ。」 私の部屋は机と椅子があるだけの殺風景な部屋だった 祖父「お前の母さんが使っていた部屋さ、布団は押し入れに入ってるからそれで寝てくれ。」 智子「うん、分かった。」
2015-08-02 00:12:42〜〜 祖父が部屋から出て行った後、やる事もないのでしばらくゴロゴロしていた 「…」 が、私はスッと立ち上がると祖父の元へ向かった 「お爺ちゃん、出かけてもいい?」 東京から何もない離島に突然やって来たのだから私はとても退屈していた、だからこの島を探険する事にしたのだ。
2015-08-02 00:16:24祖父「おおいいぞ、この島はとても良いところだ、探険する場所も多いだろう。でも危ないから日が落ちる前には帰っておいで、約束だ。」 智子「分かった、ありがとうお爺ちゃん。」 私の島探険が始まった。
2015-08-02 00:18:09島は確かに広かったが、森と山に包まれた場所も多く小学生の私が行けるところは思ったよりも少なかった。 小さな商店街、民宿、漁港…どこも都会暮らしの私にとってはそこまで面白いものでもなかった。虫取りもやった事がない私にとって豊かな自然とはただの風景に過ぎない退屈な場所だったのだ。
2015-08-02 00:23:14行くところもなくなり夕方になった頃、ここで一ヶ月という事実に落胆していた私は林の中から伸びている小さな道のようなものを見つけた。 何の変哲もない道のようなものだったが、私は吸い寄せられるようにその道を進んでいった。
2015-08-02 00:25:47道を抜けた先はこの島の道路だった、どうやらここは島の反対側のような場所らしい。 「なーんだ…ただの道路か…ん?」 左を見ると道路沿いに店のようなものが立っていた
2015-08-02 00:30:52「日向模型店…?」 シャッターは開いているがとても人の気配が感じられる場所ではなかった、何か捨てられたような…そんな雰囲気を感じた。 「…誰かいるのかな?」 恐る恐る店の中を覗き込む、ガラス棚の中に大量の模型が飾られている
2015-08-02 00:34:24その時、不意に背中から声がした 「何か用か?」 「えっ…あっ…」 店主だろうか、少し低い声をした背の高い人が私を見ていた 「えっと…さ、さようなら!」 なんとなく怖くなった私は、来た道を走って引き返した。帰った頃には日も暮れかけており、汗だくの私を祖父はとても心配していた。
2015-08-02 00:37:23〜8月2日〜 翌朝、早起きして宿題を進めた私は正午に家を出た、昨日行った場所にもう一度行ってみたくなったのだ。 私は好奇心の強い性格ではなかったが、あの場所だけはどうも気になっていた。
2015-08-02 00:40:51林の抜け道を抜け、再びその場所へやって来た 「日向模型店…今日こそは中に入ってみよう。」 店は開いている、しかし店は相変わらず人がいそうにない雰囲気をしていた。 「失礼しまーす…誰か居ますかー?」 スライド式のガラス戸を開けそっと声をかける
2015-08-02 00:44:47「…これは大きい、入るか?入るか?」 帰って来るのはテレビの野球中継の音だけだったが、よーく目を凝らすと店の中で退屈そうにテレビを眺めている人がいた。 「…」 「あの…すいません…?」 「…ん?」 こちらに気が付いたようだ
2015-08-02 00:48:18「えっと…」 「…ああ、昨日の娘か。」 「昨日はその…いきなりすいませんでした…」 突然やって来て突然帰る、今思えばあれはかなりの失礼だったと思う。
2015-08-02 00:51:58「客が来るのは久々だが…生憎ここには女の子が好きそうな物など置いてないぞ。」 店内を見渡すと軍艦や飛行機の模型ばかりが並んでいる。なるほど、確かに私が好きそうな物など無さそうだ、同級生の男の子すら今時これらに惹かれたりはしないだろう。
2015-08-02 00:54:47「その…ここは何のお店なんですか?」 「…分かるだろう、小さな模型屋だ。軍艦や飛行機の模型を売っている、この島で唯一の模型屋だ。」 「えっと…一人でやってるんですか?このお店…」 「…そうだよ。」 「はあ…」 冷たいというか、あまりに素っ気ない返しに対して私は話を続けられない。
2015-08-02 00:57:25「…涼みたいなら好きなだけ涼めばいい、どうせ客など来ないしな。」 「あ、ありがとう…ございます。」 店の中は真夏なのにひんやりしていてとても涼しい、店先にある風鈴の音もその涼しさを強めていた。
2015-08-02 01:00:24行く場所も特になかった私は、そこにしばらくいた。店主と話をしようとも思ったが、初対面の上向こうはずっと高校野球の中継を見ている、あまり話しかける気にはならなかった。
2015-08-02 01:03:22「へー…」 テレビの特集でしか見たことのない船や飛行機、模型にまるで興味のなかった私だったが、精巧に作られたそれらの模型を眺めるのは森や山を眺めているよりもずっと楽しかった。
2015-08-02 01:06:12ゴーン…ゴーン…と鐘の音が五つ鳴る、そろそろ日の沈む時間だ。 「…そろそろ店じまいだ、出てってくれ。」 「あ、はい…」 ずっとテレビを見ていた店主が何時間か振りに口を開く、私もそろそろ帰る時間だ
2015-08-02 01:09:01