日本書紀は自虐史観?

日本の教科書は自虐的であり、自国の歴史に誇りを持つことができない原因となっている、という批判があります。 しかしそれは実に珍妙な話。 もしそうだとするなら、日本最古の歴史書の一つ、日本書紀は「自虐史観」扱いになるでしょう。
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shinshinohara @ShinShinohara

日本の教科書は自虐的であり、自国の歴史に誇りを持つことができない原因となっている、という批判があります。 しかしそれは実に珍妙な話。 もしそうだとするなら、日本最古の歴史書の一つ、日本書紀は「自虐史観」扱いになるでしょう。

2015-08-03 18:39:08
shinshinohara @ShinShinohara

日本書紀は、武烈天皇という人をとりあげています。 なんと、武烈紀には、冒頭の方で「頻(しき)りに諸悪(もろもろあしきこと)をしたまう。一(ひとつ)も善きことを修めたまわず。」と酷評されています。

2015-08-03 18:39:23
shinshinohara @ShinShinohara

具体的な事績を紹介しましょう。 二年の秋九月に「妊娠中の女性の腹を裂き、胎児を観察した(孕める婦(をみな)の腹をさきて、其の胎を観(みそなわ)す)」

2015-08-03 18:39:35
shinshinohara @ShinShinohara

三年の冬十月に「生爪をはいでイモを掘らせた(人の指甲(なまつめ)を解(ぬ)きて、暑預(いも)を掘らしむ)」

2015-08-03 18:40:02
shinshinohara @ShinShinohara

四年の夏四月に「頭髪を抜いて高い木のてっぺんに上らせ、木を根本で斬り倒して殺すのを楽しんだ(人の頭の髪を抜きて、樹のすゑに昇らしむ。樹の本をきり倒して、昇れる者を落とし死(ころ)すを快(たのしび)とす。)」

2015-08-03 18:40:07
shinshinohara @ShinShinohara

五年の夏六月に「人を池の樋の中に伏せさせて、水を一気に流して外に飛び出たところで矛を自ら手に持って刺し殺すのを楽しんだ(人をして池の樋に伏せ入りしむ。外に流れ出づるを、三刃の矛を持ちて、刺し殺すことを快(たのしび)とす)」

2015-08-03 18:40:19
shinshinohara @ShinShinohara

七年の春二月に「人を木に昇らせて弓で射殺して笑った(人をして樹に昇らしめて、弓を以て射墜して咲(わら)う)」

2015-08-03 18:40:37
shinshinohara @ShinShinohara

八年の春三月に「女性を裸にして馬と交尾させた(女をして裸形(ひとはだ)にして、平板の上に坐(す)ゑて、馬を牽きて前に就(いた)して遊牝(つるび)せしむ)」 「女性の陰部をみて濡れた者は殺した(女の不浄(ほとどころ)を観るときに、沾湿(うる)へる者は殺す)」

2015-08-03 18:40:49
shinshinohara @ShinShinohara

「濡れなかった女性は身分を落として女奴隷とした(湿(うる)はざる者をば没(から)めて官婢(つかさのやっこ)とす)」

2015-08-03 18:41:00
shinshinohara @ShinShinohara

「この頃、池や庭園を作り、獣をたくさん放って狩猟を楽しみ、犬を走らせたり馬で競争したりした。そこから出ることはなく、嵐が来ても立ち去ろうとしなかった。自分が温かな服を着て百姓が寒さで凍えているのを忘れた。美食をして、庶民が飢えに苦しんでいるのを忘れた。

2015-08-03 18:41:17
shinshinohara @ShinShinohara

(此の時に及りて、池を穿り苑を起りて、禽獣を盛つ。而して田猟を好みて、狗を走らしめ馬を試ぶ。出で入ること時ならず。大風甚雨に避らず。衣温にして百姓の寒ゆることを忘る。食美くして天下の飢を忘る。)」

2015-08-03 18:41:30
shinshinohara @ShinShinohara

「たくさんの芸能人を集め、淫らな宴会を開催し、奇怪な戯ればかりして、ふしだらな声を好きなだけ上げた(侏儒・俳優を進めて、爛漫しき楽を為し、奇偉ある戯れを設けて、靡靡しき声を縦にす)」

2015-08-03 18:41:40
shinshinohara @ShinShinohara

「昼も夜も客と酒に溺れて、絹の敷物を座布団にした。同席するものは高価な服で着飾るものが多かった。(日夜常に客人と、酒に沈湎れて、錦繍を以て席とす。綾絹を衣たる者衆し。)」

2015-08-03 18:41:51
shinshinohara @ShinShinohara

私はこの記述を見つけた時、衝撃を受けました。 もちろん日本書紀には、仁徳天皇のように仁愛に優れ、自分はつつましく生活し、庶民の暮らしが豊かになるよう常に心を配ったすばらしい天皇に関する話も載っています。 武烈天皇の酷烈な話は、その中で圧倒的に非常に異彩を放っています。

2015-08-03 18:42:11
shinshinohara @ShinShinohara

ではなぜ、そんな酷薄な天皇のことを記載したのでしょうか? それは、民の生活を思いやることこそが、為政者のなすべきことであり、決して道を誤ってはならぬ、という戒めのためだったのでしょう。

2015-08-03 18:42:24
shinshinohara @ShinShinohara

むろん、継体天皇以前は実在が怪しまれています。武烈天皇は継体天皇の先代であり、虚構だったともされています。 また、その事績を見ればみるほど、殷の紂王の話に似ています。 古代中国に伝わる話を借用した可能性が高いと言えます。

2015-08-03 18:42:42
shinshinohara @ShinShinohara

その視点からすると、雄略天皇の間の手から逃れ、牛飼いに身をやつしていた顕宗天皇の話も、中国の話に範をとった可能性があります。

2015-08-03 18:43:01
shinshinohara @ShinShinohara

中国古代の前漢時代に、宣帝という皇帝がいます。この皇帝の父親は皇太子だったのですが無実の罪で殺され、赤ん坊だった宣帝はあやうく難を逃れたものの、身分を隠して庶民として育ち、やがて急展開が起きて皇帝の地位につく、という数奇な運命をたどった人です。

2015-08-03 18:43:08
shinshinohara @ShinShinohara

顕宗天皇の話は宣帝のそれと非常に似通っており、範をとって紡がれた、作り話の可能性があります。

2015-08-03 18:43:21
shinshinohara @ShinShinohara

しかし日本書紀が正史として編まれ、過去に存在した天皇として記載された、ということは紛れもない事実です。 都合の悪い歴史を抹消すれば誇りの持てる国になる、というのは、いささか乱暴な議論ではないか、と思うのです。

2015-08-03 18:43:35
shinshinohara @ShinShinohara

自らの犯した過ちの歴史を把握することは、自虐史観ではなく「自省史観」ともいうべきもので、いたって健全です。 過去の過ちを全否定する「自賛史観」は、反省を失うという点で不健全だと言えます。

2015-08-03 18:43:50
shinshinohara @ShinShinohara

むやみに自虐的に陥るのでもなく、むきになって「俺は悪くない」と開き直るのでもなく、反省すべき点は反省する。誇りを持つべきは持つ。 そうした「自省史観」を持ちたいものです。

2015-08-03 18:44:02