• とある熊森協会賛同会員とのやり取り~ドングリ運びと餌付けの定義について~

    熊森賛同会員のよしの88さん(@yoshino88)の「餌付けと給餌と食べ物を置く行為は別のものだ」「ドングリ運びは餌付けではない」という主張に対する僕、アサイ(@poplacia)とのやり取りと、その定義に対する周囲の反応をまとめました。

    ■注意点■
    このまとめはよしのさんの「餌付け」に関する発言を中心に、文意が追えるようアサイがまとめたものです。発言の時系列に若干のずれがあります。
    ご覧になればわかりますが、僕はよしのさんに対し良い感情を抱いておらず、本まとめも多分に恣意的な編集になっている可能性があります。
    「まとめて読みたい」との要望があったため作成しましたが、その点を念頭に置いてください。問題があると感じる方は、ご自身で編集してくださって結構です。

    ■野生動物への給餌について■
    基本的に、野生動物への給餌(餌やり行為)は行われるべきではありません。ごく少数の例外(給餌により個体数が維持されている希少動物)を除き、「野生動物に餌をやる」という行為は、『人間に慣れさせてしまう』『自立した動物に対し人間に依存させる行為』『(対象が有害鳥獣の場合)人里に誘引してしまう』など、多くの問題を孕んでいます。
    ○餌付け・給餌活動の問題点の整理(厚岸町水鳥観察館)
    http://www.marimo.or.jp/AWOC/feeding_problems/problem.html
    ○おすすめしません野生動物への餌付け(エゾリスの会 非公式ブログ!)
    http://d.hatena.ne.jp/noken/20100125/1264424757


    ■日本熊森協会について■
    ニュース等でご存知の方も多いと思いますが、本協会は「飢えたクマにドングリを援助しよう」と、山奥や里山地帯の人家の裏山などにドングリを運ぶ活動を昨秋に行っています。
    この「ドングリ運び」活動が、野生動物の餌付けにあたり、人家近くにクマを引き寄せてしまう・植物の遺伝的攪乱を引き起こす・ネズミなど小動物の個体数を変化させてしまう…などの観点から批判されています。

    僕はこの活動に対し、野生動物保全活動として大きな問題があると感じ、ブログで問題点を指摘しています。
    http://d.hatena.ne.jp/Asay/20101213/1292251084
    の下部まとめをご参照ください。

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    by poplacia
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  • yoshino88
    現在クマ君救済のためにドングリが善意ある人達によって山へと運ばれている。いつも疑問に思うのは、「餌付け」と言う表現だ。餌付けとは餌を持って人間に近寄らせる、慣らせるなどの意味合いと認識しているドングリを山へと運び、その意味の目的のない行為を何故「餌付け」行為と呼ぶのかが疑問だ。
  • yoshino88
    そう「餌付け」とは根本的に違います。RT @upishi1970: 冬眠するまでに死んでしまっては、何にもなりません。ツキノワグマの数が減るだけです。今回の熊へのドングリ運びは、「餌付け」に当たらない、と私も思います。@nbfa_yamanashi @yoshino88:    
  • yoshino88
    人間の匂いと言う問題もありました。しかし、根本的に人間がその場にいなければ、「餌付け」は成立しないのではないでしょうか。RT @gardencat710: 例え目的が餌付けではなくても、結果的に餌付けになってしまうということではないでしょうか。 RT @yoshino88
  • yoshino88
    行動を支配、まさにその通りですね。RT @s_katayama: 餌付けとは餌を与えることである種動物の行動を支配することで、熊が「人間が食べ物をくれている」と意識していなければそれには当たらないと・・@nbfa_yamanashi @upishi1970 @yoshino88
  • yoshino88
    確かに意図の違いかも知れませんが、食物のあるところで動物たちが人間を意識できる範囲に同時に人間がいると言う事が餌付けという言葉の本質です。RT @YoshitsuneK: @yoshino88 @gardencat710 餌付けか給餌かは人間側の意図の違いでは? その食べ物を・・
  • yoshino88
    基本的には不可能だと考えます。それは単なる給餌と言う事になるのでは。RT @YoshitsuneK: @yoshino88 @s_katayama @nbfa_yamanashi @upishi1970 では、人間がエサをくれていると認識できないであろう生物には『餌付け』は不可能
  • yoshino88
    確かにそうですが、餌付けとは人間が動物たちから認識できる範囲に同時に存在する事が言葉の意味の前提です。RT @gardencat710: どうでしょうか。普段は無い「ごちそう」があれば、癖にしてまたその場所へ来るのだろうと思います。それが「餌付け」だと思います@yoshino88
  • yoshino88
    そうでしょうか。簡単に考えるならば、人間がその場にいて食べ物を与える事が「餌付け」、食べ物を単純に与える行動を「給餌」、大変に微妙ですが・。RT @YoshitsuneK: @yoshino88 @gardencat710 うん、つまりはおそらくその前提が違っているんじゃないか・
  • yoshino88
    そうなります。RT @YoshitsuneK: @yoshino88 なるほど。 それでは熊森さんがドングリを山に置いているのは、熊を人間に慣らす為でもなく、与える餌に慣れさせるのが目的でも無い、同時に人間が存在しているわけでも無いので餌付けではない。という事でよろしいでしょうか
  • yoshino88
    餌付けと給餌、考えてみると大変に曖昧です。しかし、意図しない所、自然にそうなってしまった結果が餌付けとなってしまうのかどうかも疑問があります。RT @butoboso: @yoshino88 実の成る木を植えて実が成りその結果鳥を集めてしまったという行為は「意図しない餌付け」・・
  • yoshino88
    お気遣いも申し訳ありません。さて確かにおっしゃる通りですが、大学時代の友人(国語学者)と話す機会があり、この件も聞いてみました。餌付け:野生動物と食物と人間が同時に存在する事が基本、そこから考えてみろと言われました。RT @YoshitsuneK: @yoshino88 酔漢で・
  • yoshino88
    差があると言うよりも実際に言葉が本来の意味から外れて使われてしまっていると言う事ではないかと考えます。熊森はどちらかと言いますと本来に意味合いで使っていると思います。RT @YoshitsuneK: @yoshino88 今簡単に思いつくのは、生物系の研究者さん達が使う餌付け・・
  • yoshino88
    意図なくして結果論としての餌付けはあるかも知れませんが、意図なくしての行為はやはり単なる給餌と考えたいところです。RT @YoshitsuneK: @yoshino88 @gardencat710 @butoboso 餌付けを意図しなかったとしても、結果として餌付け、・・
  • muimi
    解決方法がないからドングリ運びを「やらないよりやるほうがマシ」でやるのはどうなの。マシだからやるの?必要だからやるんじゃないの?だったら同じお金かけて必要なことをした方がよくない?しかも「マシになってる」か誰が調べたの?
  • muimi
    @yoshino88 良い方法がなければ愚策でも構わないと考えていらっしゃるのでしょうか。ドングリを与える餌付け行為は短期的に見れば熊を生かすでしょうが、長期的に見れば捕殺される個体数を増やしているように私には思えます。動物の個体数の増減は私たちが調節していいものではありません
  • yoshino88
    @muimi さん、愚策と分かっている事が良いとは言いません。しかし、今現在の行動が明らかに愚策と言い切れますか。実際この行動には様々な事から考えて、うちも賛否を付けかねますが、今の現状では最善と思います。またこの行動は餌付けとは異なります。給餌です。どちらも同じでしょうか。
  • muimi
    @yoshino88 私は一度、野良猫に餌付けをしてとても後悔したことがあります。飢えてるだろうあの子たちに餌付けをして私は満足したけれど、子猫が増えても冬の寒さを越せない、車にはねられる、去勢も飼ってあげることもできない、結果的に死ぬ子を増やしただけで可哀想なことをしました
  • yoshino88
    @muimi さん、野良猫君の餌付けの貴重な体験談をお聞かせ頂き、大変に有り難い限りですが、残念ながら、野良猫君への餌付けとクマ類への給餌行動とは全く視点も違いますし、論点が違います
  • muimi
    @yoshino88 「餌付け」と「給餌」の違いは熊は識別しません。また、ドングリを食べる他の動物たちも区別しないでしょう。どちらにしても餌が転がっていることに変わりはありません。人間臭いドングリが転がっている、とだけ認識するのではないでしょうか。
  • yoshino88
    @muimi さん、今回のこの行動は給餌です。単に人間がドングリを山の中に持っていき、置いているだけです。クマ類は樹木から落ちた物か、置いたものかの区別などは全く関係ないでしょう。ただ、そこに食べ物があるという認識です。それが捕殺数を増やしているであるとかとは関連性がありません。
  • yoshino88
    @muimi さん、人間の臭いの付いたドングリと言う事が問題視されていますが、果たしてどうなのでしょうか。登山などで人間も往来する場所にある落ちたドングリ、置いたドングリ、認識できるでしょうか。そのために人里に多く出ているなどと言う説もいわば人間の責任回避でしかありません。
  • muimi
    @yoshino88 私は、野良猫への餌付けと熊への給餌は同じだと考えます。結局彼らは私には馴れませんでした。近づきもしませんでした。それは野良だから仕方ないのです。それでも何故食べたかというと圧倒的に飢えていたからです。
  • muimi
    @yoshino88 給餌か餌付けか、そんな人間の視点はどうでも良いのです。もし仮にドングリを食べて熊が生き延びたとしたら、子どもを産むことで個体数が増えます。けれど山には増えた個体を養う能力がない。その結果、食料のある里山まで下りてくるしか生き延びる道はないでしょう。
  • yoshino88
    理論的には合っている様に感じます。目的が達せられなかったから餌付けとは言えないとは言えませんが、さてどうでしょうか。まず目的が全く違うと思います。 RT @muimi: @yoshino88 私は、野良猫への餌付けと熊への給餌は同じだと考えます。結局彼らは私には馴れません・・・
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コメント

  • poplacia
    「とある熊森賛同会員とのやり取り~ドングリ運びと餌付けの定義について~togetterまとめ」を作成しました。多分に恣意的なまとめですが、興味があればご覧ください。
  • hIBQHYso
    今まで自分が考えもしなかったので、非常に面白かった。 面白かったというのは失礼だろうか。
  • O_Flow
    あー、くまくまって騒いでたのが昨年だったけどこういう偽善というかエゴで動いている人がいたのか。どんぐり運びってそのどんぐりを運んだらそこにいる動物に分配されるべきどんぐりはどうするのか?とかもう色々無茶苦茶だな。ばっかんばっかん木を切って自分たちもその恩恵に預かったのに今更熊が可哀想って言うのは虫が良すぎる。
  • O_Flow
    考えもなしに広葉樹を切り倒して杉などの針葉樹を植えて大成長したツケが回ってきてるだけなのに。里山崩壊ってよく聞くけれどその恩恵に預かった識者の視点でいつも語られるんだよね。建築の構造が大きく変わって植林しまくった山が崩壊しかかっているという場所からは目を背けているひとが多いよ。
  • muimi
    うおぅい!ぼくが入ってるぢゃないかw
  • O_Flow
    「生物多様性」というお題目が熱いけどこれも経済の裏打ちがあってのお題目なんだよね。 林業が死んでいくと言われてる現在、林業従事者の声を聞いてみるのもお勉強かなぁ。まぁこの人は関係ないって目をそむけるのだろうけども。
  • emanon_uk
    山には何も持ち込まない、置き去らない、持ち帰らないが山を愛する人間には鉄則です。米のとぎ汁、麺類の茹で汁も捨てません、きちんと工夫して飲み干します。山に置くなんて可愛いものではなく、山に不法投棄しているも同じ事だと考えます。
  • emanon_uk
    私も一時期、迷っていたことがありますが、山の原点に立ち戻って、よく考えた結果そのようにたどり着きました。針葉樹林の間伐は必要な事だと考えます。針葉樹は広葉樹に比べて木の寿命が長いので手入れが必要です。某団体の活動の全てを非難する訳では無いです。が、代表さんの根本的な考え方には賛同できません。人間だって生態系の一要素です。
  • WATERMAN1996
    面白いお話。人間の近くに住むネズミは人間がいなくなると個体数が相当数減ると考えられている。なぜならネズミの生活は人間に依存しており、人間がいなくなれば彼らは餌を得る手段を失うため。人間が給餌をするしないに関わらず人間と関わる生物とはつまりこういうことである。
  • __pon_
    餌付けと給餌は全然違いますよ。動物園の職員さんはやってるのは給餌。野良猫を飼い猫にしようと企む人がやるのが餌付け。
  • __pon_
    ちなみに個体数の維持が危惧される野生動物への「給餌」は普通に行われています。http://spedr.com/2xp4f
  • otsune
    @__pon_ 「人間を殺さない絶滅危惧動物」と「人間を殺す事件が発生した野生猛獣」だと給餌により人間の生活圏に侵入するリスクの確率に配慮する必要性が、おのずと変わってくる気がする。
  • shouske
    結果としてどうなるのかを考えないのだろうか。理論展開が新興宗教と同じなのだから信教の自由として認めても(笑 昔から熊は貴重な狩猟動物として狩られていたし、山は薪や炭などを生み出す日本のエネルギー元で、撹乱されつつ現在に至るのだし
  • MinoruTODA
    「クマが食べ、長期貯蓄が可能で取り回しの効く人工の餌があったとして」の設問には「熊が人口の餌とどんぐりの見分けがつけられないこと」という前提条件が付加されないかぎり恣意的と言われてもしょうがないのでは。
  • poplacia
    リストに@counterassault さんとのやり取りを追加しました。
  • kubtakt
    引くに引けないような状況は作るまい。そのため思考は常に柔軟にして、いつでも真実に近づけるようにしようと思いました。
  • tukinami_21
    「言葉の違いも判らない人間が」と偉そうに書いた上で言葉の解説ブログで「個人的な解釈です」って、言葉遊びしてるのはこいつじゃないか
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