青葉島鎮守府 第十四話

不知火と霞と……悲劇の幕開け 前の話( http://togetter.com/li/850676
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跡地 @kkkkkkmnb

【青葉島鎮守府 第14話】  不知火の手には、昼食の時に剥いて食べた蜜柑のさっぱりとした匂いがまだ残っていた。

2015-10-04 17:25:46
跡地 @kkkkkkmnb

彼女がそれに気が付いたのは、自室に戻って手袋を着けようとした時だった。爪の間からの残り香が思いがけず彼女の鼻をくすぐり、顔の表情は自然と綻んだ。  これも、ひとえに水上蒸気機関車が物資を運んできてくれるためであり、この離島に住む不知火たちには感謝してもしきれなかった。

2015-10-04 17:38:45
跡地 @kkkkkkmnb

不知火は少しだけ迷ったがそのまま手袋をはめて、水上機関車のいる方向に向かってそっと手を合わせてから、部屋を後にした。

2015-10-04 17:39:37
跡地 @kkkkkkmnb

霞が不知火と出くわしたのは完全に偶然であり、不知火が資料室の中に先に入っていたことに気が付いたのは、彼女が資料室の中で目当ての資料を見つけた後の事であった。

2015-10-04 17:47:35
跡地 @kkkkkkmnb

不知火は霞と目が合うと、机に座ったまま会釈をして、霞の反応を見ることもなく再び書き物に戻った。  霞もそのまま黙って広い閲覧机の不知火の反対側に座って資料に目を通し始めた。元から静かな資料室は2人を向かい入れてもなお、静かであった。

2015-10-04 17:57:58
跡地 @kkkkkkmnb

資料室には一応窓が設けられていたが、資料に直射日光が当たるのを避けるために分厚いカーテンが引かれ、部屋の中は電球の光が当たる場所と当たらない場所での名案がはっきりとわかれていた。閲覧机には電気スタンドが置かれているが、彼女たちの足元は真っ暗だった。

2015-10-04 18:07:12
跡地 @kkkkkkmnb

その後、沈黙を破ったのは不知火だった。そっと盗み見した霞の顔があまりにも厳しかったのでつい声をかけてしまった。 「……暗いですか?」  霞が眉間に皺を寄せたまま顔を上げた。今、電気スタンドは不知火の左側にあって、右利きの霞の手元が暗いのではないかと心配したのだ。

2015-10-04 18:15:26
跡地 @kkkkkkmnb

霞は黙って頷いた。不知火がスタンドを動かそうと左手を伸ばしかけて、手を止めた。 「……これで限界ですね」  コードの長さが短いのでもうこれ以上、右に動かせないのだ。不知火が申し訳なさそうに霞の方を向くと、霞は少しだけ不知火を責めるように短く溜息をついた。

2015-10-04 18:28:46
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「スタンドの予備ってなかったかしら?」 「……おそらくあったはずです」  そう言って不知火は立ち上がると、部屋の隅っこの戸棚を開けた。 「……少し小さいですがありました」  不知火がそう言って、スタンドを霞に見せると霞が怪訝そうな顔をした。

2015-10-04 18:59:21
跡地 @kkkkkkmnb

「コードは大丈夫なの?」  霞の一言に不知火がコードを持ち上げた。 「……短いですね……」  少しの沈黙が流れ、不知火は黙ってスタンドを元の場所に戻した。 「いいわ。これ自分の部屋で読むから」 「ここにある資料は全て持ち出し禁止ですよ」 不知火が張り紙を指さすと再び沈黙が流れた。

2015-10-04 19:05:30
跡地 @kkkkkkmnb

「不知火、あんたの用事は後何分くらいで終わる?」 「ざっと、120分くらいでしょうか?」 「……話にならないわね」 「先に使いますか?」 「一時間かかるわよ?」 「勘弁してほしいですね」 「でしょうね……私でも嫌だわ」

2015-10-04 19:16:19
跡地 @kkkkkkmnb

不知火と霞がそれぞれ小さく溜息をついた。そして諦めたかのように霞が資料を閉じた。 「帰るのですか?」 「そんな暇ないわよ」  そう言って、霞は不知火の横に資料を置いた。 「背は腹に変えられないわ」 「そんな苦汁の決断みたいに言われましても……」  不知火が苦笑いをした。

2015-10-04 19:46:30
跡地 @kkkkkkmnb

「普段、喧嘩してばっかの奴と仲良く一緒に並んで調べ物とか誰かに見られたら確実に死ぬわね」 「大げさな……」 「煩い夜戦馬鹿。あんたも陽炎も少しは魚雷以外のことを考えたらどうなの?」 「またその話ですか……」  不知火がいつもの喧嘩の火種が投下されて、顔をしかめる。

2015-10-04 19:50:54
跡地 @kkkkkkmnb

現に今、不知火の手元にあるのも夜襲の記録であり、霞が開いているのは護衛任務に関する資料だった。  駆逐艦はこれから水雷戦隊を組んで戦うべきかそれとも護衛に従事するべきか。もう何度も行われた議論ではあるが、お互いを納得させるような結論にはたどりついてはいなかった。

2015-10-04 20:08:54
跡地 @kkkkkkmnb

不知火は反論しようかとも思ったが、それよりも自分の手元にある作業を終わらせることを選んだ。どうせここで揉めなくても明後日の図面演習で揉めるのだ。不知火が挑発に乗ってこないので霞もフン、と鼻を鳴らして作業に戻ろうとした時だった。

2015-10-04 20:13:54
跡地 @kkkkkkmnb

突然、資料室の扉が乱暴に開かれて陽炎が飛び込んできた。走ってきたらしく息を大きく乱している。 「不知火、まだいる!?」  陽炎が大きな声で不知火を呼んだ。この一瞬の間に霞が何食わぬ顔で向かいの椅子に移動していた。

2015-10-04 20:17:34
跡地 @kkkkkkmnb

「霞も探しているんだけども見つからなくて」  陽炎にしては珍しく声が明らかに動揺している。いや、異常だ。怯えてすらいる。 「霞ならここにいますよ」  不知火が怪訝そうな顔をした。だが、霞は嫌な予感がしていた。そして陽炎が次に「姉さんが」といった瞬間に背筋が凍りついた。

2015-10-04 20:22:35
跡地 @kkkkkkmnb

陽炎型の長女が姉さんと呼ぶ艦娘は一隻しかいなかった。霞が席を蹴って陽炎の元に走り寄った。そして陽炎の胸ぐらをつかむと問い詰めた。 「今、姉さんって言ったわね!?」  陽炎が黙って頷いた。すると霞は陽炎を掴んでいた手を力なく放すとフラフラと後ろに数歩下がった。

2015-10-04 20:25:20
跡地 @kkkkkkmnb

不知火は陽炎が口にした意味をようやく理解して凍りついた。その場に力なくへたり込むと、自分でも気が付かないうちに一筋の涙を流していた。 「陽炎……もしかして……」  声を絞り出すようにして、心の底から違っていてと願いながら陽炎に続きを促した。

2015-10-04 20:27:08
跡地 @kkkkkkmnb

「姉さんが……霰姉さんが……任務で……青葉島に来る……」  三人は静かに肩を寄せ合って泣いた。普段は考え方の違いで仲の悪い霞と陽炎たちが唯一共通して持つ感覚は霰姉さんへの恐怖心だった。

2015-10-04 20:30:57
跡地 @kkkkkkmnb

【青葉島鎮守府 第14話】終了

2015-10-04 20:32:31