メカニズム解明は新発見の「後」
- ShinShinohara
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津田敏秀「医学的根拠とは何か」読了。 日本の医療裁判では「メカニズムが明らかになっているとは言いがたい」場合は科学的根拠がないとして否定してしまうことが多い。筆者は「科学が分かっていない」とはっきり言い渡す。片棒担ぐ「専門家」にも手厳しい。だが、首肯せずにいられない。
2015-10-11 22:40:54科学では、メカニズムが完全に明らかなものはほとんどない。たとえばニュートン力学のキモである重力だって、メカニズムは十分明らかになっていない。もしメカニズム解明が終了しなければ科学的ではない、というのなら、万有引力の法則だって科学ではない。飛行機が飛ぶのも非科学的ということになる。
2015-10-11 22:43:58腎臓が血液の老廃物を濾しとることは古くから知られていたが、そのメカニズムが分子レベルで分かってきたのはごく最近。しかし、すべて明らかになった訳ではない。もしメカニズム解明が済んでから科学的というのなら、どこまで解明すればよいのか?線引きが不明。きりがなくなってしまう。
2015-10-11 22:46:32実は科学的証明はつまるところ「再現性」で決まる。万有引力の法則はメカニズムが不明の部分が残されているが、何度実験をしても法則通りの結果が出ることが確認されている(再現性が高い)から、「証明された」とする。べつに素粒子理論を持ち出す前でも証明はできるのだ。
2015-10-11 22:49:03腎臓が血液の老廃物を濾しとることだって、様々な観察結果や治療実績から、再現性よくその事が認められるなら、分子レベルでメカニズムを明らかにしなくても証明できるのだ。 疫学、統計学が科学の基本であるというのは、ここにある。
2015-10-11 22:50:57しかし著者が指摘するように、日本の官庁や司法は異様にメカニズム嗜好が強すぎる。メカニズムが証明されるまでは科学的に証明されたことにならない、というのは、科学の証明が再現性を基本とするということが分かっていないことを意味する。
2015-10-11 22:52:51このことは、イノベーションを考える上でも重要である。日本の研究者の中にも、メカニズム重視(というより絶対主義)の人が少なくない。メカニズムが明らかにされていないことは非科学的だとまで考える。どれだけ再現性が高くても、そういう人には怪しい健康食品と大差ないと見えるらしい。
2015-10-11 22:55:33だが、発見されたばかりの新現象は、メカニズムがまるで分からない、という当たり前のことを弁えておく必要がある。iPS細胞だって、4つの遺伝子を入れたらなぜ全能性になるのか、メカニズムは分かっていなかった。メカニズム解明は、うまくいった後で行われた作業である。
2015-10-11 22:58:17肝臓が毒物を解毒し、腎臓が老廃物を濾しとる臓器だという発見も、メカニズムなど皆目分からない時点で行われた。メカニズム解明は新発見の後に行われる作業なのだ。このことが、研究者でも分かっていない人がいる。
2015-10-11 23:00:17最先端研究といえば、分子、原子のレベルでメカニズムを研究することだと考える人が研究者にも少なからずいる。もちろんそれらの研究は重要なのだが、誰かが新現象を発見してくれなければ、解明すべきメカニズムの仕事にもありつけない。イノベーションはメカニズムが皆目分からない時に起きるのだ。
2015-10-11 23:02:33そういう意味で、国の研究助成は皮肉である。メカニズム解明に膨大な予算を投入しているが、それでは新現象発見を促せない。研究予算の申請書には研究計画を書く欄があるが、計画を立てる時点でイノベーションを諦めているに等しい。計画が立てられるのは発見の事後であるメカニズム解明だけだからだ。
2015-10-11 23:06:38新現象発見は計画の立てようがない。まだ見つかっていない現象をどうやって計画しろと言うのだろうか?新現象は誰も発見していないだけに、発見するすべも誰にも分からない。新現象発見は、計画ができないものなのだ。
2015-10-11 23:10:04イノベーション萌芽となる新発見を促すには「行き当たりばったり」をとことん許容する懐の広さが重要になる。「メカニズム解明は後でいいから、とにかく手当たり次第やってみろ」が大切だ。もちろん新発見をするにもコツがあるのだが、少なくともコツのなかにメカニズム解明の優先は含まれない。
2015-10-11 23:13:17「最先端研究」という言葉に踊らされてメカニズム解明にばかり予算が集中するのは、度が過ぎると新発見を阻害することになりかねない。そして現在は、明らかに度を超している。実用化しやすい成果に予算を集中させる、目先ばかり追求した配分も、新発見を阻害することになる。
2015-10-11 23:16:47メカニズム解明は軽視してはいけないが、そればかりになると新発見が枯渇する。行き当たりばったりを許さない、昨今の研究予算の使われ方は、非常に懸念されるところである。そのことを理解するにも、本書は一読の価値がある。
2015-10-11 23:18:57