空想の街・ハンツピィ'15 一日目 #赤風車

不可村天晴／ネプリ配信中 @nowhere_7

その背に飾れ　いちのじを その背に誇れ　いちのじを 縦に走れや横にとべ その背に刻め　いちのじを #赤風車 #空想の街

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「なんて広い街なんでしょう。ハンツピィの宴ですって。素敵ね」 「本当ですね。今日から三日、呑めや歌えの乱痴気騒ぎ、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損――さあ参りましょうか――、世界で一番お美しい、ボクらのお嬢様」 #赤風車 #空想の街

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まだ誰も夢から醒めきらないような朝靄の漂う街の中、洋装の人間がひとり、長い髪を靡かせ大路を急ぎゆく。起床していない冷めきった空気をものともせずに、東区の南の海にほど近い廃屋の前で、その人間は立ち止まる。 #赤風車 #空想の街

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黒いスラックスに包まれた長い片足がゆっくりとあげられ、そして夜から朝へ移り変わる寸前の街を起こすような勢いの轟音が、一帯に響き渡った。 「失礼しよう！　不埒な男色家殿のお住いは此方かな！？」 #赤風車 #空想の街

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言葉とともに革靴を履いた足が廃屋の扉を蹴破った。途端、最近めっきりと温度のさがった酸素が室内に流れ込み、倒れた戸を背中で寝たまま受け止めた痩身の男の肌を粟立たせる。 #赤風車 #空想の街

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ふらふらと無理やり眠りから引きあげられた思考で、男が視線を玄関のほうへ動かせば、先の影は長い黒髪の女のものであり――それを認めて心拍が一瞬だけ止まる。併しすぐに掠れ声がその口から流れた。 「――こんな時刻に誰かと思えば――、また何とも悪趣味な真似をするね」 #赤風車 #空想の街

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「口は悪いが大変結構、その態度だけは認めてやろう！　そうとも私が皆代家長子であり、千草及び徒華の姉、そして民宿復興事務所所長である皆代実華だ！　誰が呼んだか皆代家の明暗姉妹の明るいほう、実のある華とは私のことだとも、よくよく覚えておくがいい！」 #赤風車 #空想の街

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大声で名乗りを上げた妙齢の女――実華は、口角を美しく吊り上げ威勢よく長い髪を引っ張る。音を立てて髪は小さな頭からずり落ち、中から男と見紛うほどに短い黒髪が現れた。 #赤風車 #空想の街

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薄い伊達眼鏡に覆われた目を細めて鬘の様子を何の感慨もなく見つめている男になど何も頓着せず、実華は室内へ倒れこんだ戸にどすんと音を立てて細い腰を落とす。朝日が昇る直前でも判る、黒漆のように艶めいて光る強い視線が、下敷きになった細い男を真直ぐに射抜いた。 #赤風車 #空想の街

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「さァて一文字某とか言ったな、四年ほど私の町にいたろう。どうやら我が家の愚弟愚妹が揃って世話になったようだな。今日はま、そのお礼参りといったところだ！」 上に座られてしまい、戸の下でとうとう簡単には動けなくなった男は、その言葉を受け、片方の口端を歪めさせた。 #赤風車 #空想の街

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「俺の名は一文字落葉だ――併しまさか多忙な長姉殿直々に詫びを入れられる日が来るとはね。長生きはするものだ」 それを聞き実華は大笑する。「は！　いいぞいいぞ。遥々訪ねてきたというに、我が妹の如く黴の生えた対応でもされようものなら面白味も何もないからな！」 #赤風車 #空想の街

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一文字は微かに鼻を鳴らす。この一年で他人の前では出なくなった筈の癖だった。「噂に名高い皆代家長姉殿には常々お目にかかりたいと思っていたからね。俺のようなどこの馬の骨とも知れぬ輩にわざわざ会うため、こうしてご足労頂けたというのもまた身に余る光栄だよ」 #赤風車 #空想の街

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「おのれの身の程というものをよーく弁えている様子じゃないか、ええ？　一文字とやらよ」何がおかしいのか実華はずっと笑っている。びっしりと上向きに生えそろった濡れたように黒く長い睫毛を震わせ、彼女の肌理細かな手が白いブラウスのポケットへと伸びた。 #赤風車 #空想の街

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胸元の黒い又の字タイを直しがてら、小箱を取り出し振ったところで、実華は動きを止めて一文字を見る。「おっと失礼。煙草を吸っても宜しいかな？　私は愛煙家でな、道中いいものを買ったんだ。礼儀がなっとらんと思われるのも癪だが、ここで吸わずに我慢しきる自信がない！」 #赤風車 #空想の街

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それを受けて一文字は骨ばった手を振ることで答える。どうせ戸も大破させられてしまっているのだ、卓袱台こそ被害を免れてはいるが、この家が煙草臭くなろうとそのくらいは仕方がない。 #赤風車 #空想の街

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戸がないぶん空気も早く入れ替わる筈だ。相手が何を話しに来たのかは知らないが、この分ではそこそこ長くなるのだろう、それならばこんな些事で機嫌を損ねられても厄介だ。一文字は、睡眠中もかけていた伊達眼鏡を自由な腕でずらし、眉間を揉む。 #赤風車 #空想の街

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何しろ今日から三日、空想の街は祭りの予定である。不思議な音を出す手製の風車を一文字は歩き売りするつもりだ。書き入れ時を逃すわけにはいかない上、実華とて客には違いない。風車を買うにしろ違うにしろ立ち去る時は気分よくあってほしいものだった。 #赤風車 #空想の街

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改めてひたひた流れ込む濃い外気に鼻孔奥をくすぐられた一文字が、色素の薄い目を眇め、口火を切る。「好きにしたまえよお客人。お主が酒や煙草を好んでいることは知っている。此処はこんな廃屋だがね、住めば都だ。茶は出せぬがお気の済むまで寛いでくれ」 #赤風車 #空想の街

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「ふむ、有難いな。何だ中々分かる奴じゃないか！　では遠慮なく」 ふたりが息を潜める中、ち、と音を立てて燐寸が擦れる。外箱にはなんと書かれているのやら、もうこの街に来て一年弱になろうとしているのに、街独特の言語にはまだ疎い一文字の前髪が秋の空気に揺れていた。 #赤風車 #空想の街

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美味そうにふかし恍惚の表情を浮かべた実華は、その顔で一文字に向き直る。「さて。貴様にそんな入れ知恵をしたのは愚妹だな？　正直に答えんと」実華はそこで煙草を一旦口から外し、一文字の顔面に向かってたっぷり沈黙と呼気を広げてからその先を続けた。 「首をとばすぞ」 #赤風車 #空想の街

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まるで何かの膜をはったように、先ほどとはまた異なる静寂が廃屋を満たす。 実華の艶然とした笑みも、一文字の寝ぼけたような無表情も、どちらもぴくりとも動かない。ちろちろ紙を侵食していく熱が朝の中で赤く明滅しているのみである。 #赤風車 #空想の街