【HYDE】Another Story - 7.狂い咲く魂

塔の頂で、運命は複雑に交差する。新たなる乱入者を迎えた先に見るものとは。彼女の悲しき過去とは。
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ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「......、う、っ......」。微かな呻き声を上げ、ハイドはその瞳を開いた。生い茂る木々に阻まれた景色は一層黒く澱んでいるように見て取れる。橙に煌めく陽は、いつの間にか濁った海のような空に飲み込まれ消えていた。どれ程気を失っていたのか、察するには十分な環境の変化だった。1

2015-11-25 22:51:53
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「......くそっ、」。内に宿る2つの魂と意思疎通が出来ぬ程にシャットアウトされた己の思考回路に、どれほどの衝撃を受けていたのか改めて思い知らされた。それは"彼に与えられた"ものだと、彼女の記憶は欠ける事なく覚えている。悲しく痛むその体は、彼女の心をも蝕むように鈍く、重い。2

2015-11-25 22:56:16
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

《ーーーハイド、大丈夫か》。頭の中に声が響き渡る。未だに残る鈍痛を感じながら、彼女はその脚に力を入れて立ち上がった。「...すまないクシャ、...もう大丈夫だ」。一瞬視界がぐらりと歪む。何をしている、しっかりしろ。喝を入れるように、己を奮い立たせる。《かの者はーーー塔の方へ》。3

2015-11-25 23:01:33
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

炎王龍の示す場所はひとつ、"大轟竜"の帰還した玉座。彼はそこに向かった。捜し、求め続けた存在に"再会"するために。それが何を意味する事なのか、ハイドは痛いほど理解していた。だからこそ、何も出来なかった自分に、イースを止められなかった自分自身に。激しい怒りの念を何度も何度も刺す。4

2015-11-25 23:03:49
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

後悔しても現状は何も変わらない。そう、今ーーー自分は目を覚まし、地に脚をつけて立っている。ならば、成さねばならぬ事はただひとつしかない。"間に合ってくれ"。彼女の言葉は風の音にかき消される。どこかで絶望に染まってしまったのかもしれない。だが、ハイドは走った。一心に、彼の元へと。5

2015-11-25 23:07:51
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ーーー其の場所は主人の戻りし不動の地。その場を漂う殺気は、今はもう薄く、儚い。「.........、...」。イースは、空を仰いでいた。否、空とは言えぬ、深く深く黒に飲まれた先の見えぬ天を。幾多の困難を共にした鉄槌はその手を離れ、片腕を失い、その身体を、赤黒い鮮血に染めて。6

2015-11-25 23:16:27
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

倒れ伏すのは彼の姿だけでなく。血を浴びてもなお変わらぬ赤黒い容姿もまた、力無くその地に横たわっていた。命の灯火を失った巨躯はもう二度と動く事はなく、隻眼の眼光が宿る事も、二度とない。そう、彼は果たした。その"約束"を。その"目的"を。己の生きてきた意味が初めて認められた、瞬間。7

2015-11-25 23:20:12
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「......あぁ、」。声は掠れ、口の中は鉄を舐めているかのよう。これで、全て終わった。イースは静かに瞳を閉じた。今まで生きてきた意味を、理由を、示す事が出来た。その胸の内で密かに歪曲した友との約束を、果たせた。それは、彼に最後の安寧を与えると共に、代償として命を刻一刻と削る。8

2015-11-25 23:25:19
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

構わない。最初から思い描いていた。そう、これは決まっていた道筋だ。"あの時"から変わらない。"死を与える"ために生き続け、"死す"ために生き続けた、覚悟の末路。もう、何も思う事などない。何も...。「ーーー.....」。ふと、頭に浮かぶ人物の姿。彼女の瞳が、焼き付いて離れない。9

2015-11-25 23:29:27
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「...見せてもらったわ、復讐に燃えるその覚悟」。不意に頭上から声が降ってきた。聞いた事のない、不気味なくらいに透明な。反射的に目を見開くと、麻薬のように耳に広がるその声の主は。「...でも、まだまだ中途半端。迷いがまだ、心に残っている」。禍々しい何かを、纏った少女。10

2015-11-25 23:36:50
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「...き、みは」。息絶え絶えに声を発するイースを見下ろしながら、少女は小さく笑う。その笑みは一瞬で空気を凍りつかせる程に、おぞましい。「...ねぇ、もっと抗ってみせて?...もっとも」。刹那。彼はその左胸に衝撃を感じた。途端に、己を蝕むどす黒い何か。「貴方に、出来るなら」。11

2015-11-25 23:39:51
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

自らの心臓が彼女の右手に抉られていると理解するのに、然程時間はかからなかった。「ぁっぐ、ぅあ...っ!!」。そこから流れてくる"どす黒い何か"により覚醒した彼の意識が拒否反応を起こしたか、先の死闘で負った傷は再び激痛となり彼を襲い、電撃が絶えず走るかのような感覚さえ覚えた。12

2015-11-25 23:46:41
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

何かが体の中を這い回る違和感。心を喰らい尽くそうとする破壊の衝動。殺戮の怨念だけを引きずり出そうとする狂った魂。イースの中に流れ込むその何かは、確実に"彼"という存在を蝕ばまんとする。「ぁあああ、ぁ!ぅ、!!」。しかし。イースの意思は未だ途切れず、己の中で暴れる感情を拒む。13

2015-11-25 23:53:03
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「無駄よ」。淡々と話す少女は、その心臓を貫いたまま彼を天へ向けて軽々と掲げた。その衝撃でイースの口から赤い血が流れ落ちる。「受け入れたら楽になるわ。それに...これから、もっと面白くなる」。少女は笑みを崩さずに、塔への入り口を見つめた。まるで、"誰か"を待つかのようにーーー。14

2015-11-26 00:00:32
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ーーー。「ーーーーー!!!!!」。ただならぬ"何か"を感じ取り、ハイドの魂が震える。この感じは。《ハイド!これは...!》。相棒よ、滅多に聞く事のない荒い声色。間違いない。この全てを飲み込まんとする、狂ったような殺気は。「...ベルゼを蝕んでいた、狂暴竜のもの...!!」。15

2015-11-26 00:04:10
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

嫌な予感ーーー直感だった。ベルゼを蝕んでいた狂暴なる竜"イビルジョー"の力を感じ取ったからなのか、彼女の鼓動は一段と不協和音となる。何故今、あの力が。「何が、起こっているんだ...」。体の痛みなどどうでもよくなる程に、ハイドの心は先を急いでいた。「...イース...!」。16

2015-11-26 00:09:48
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

急ぐ心は体と共に、目的地へ辿り着いた。息は上がり、ぜえぜえと肩で呼吸する。その頂きへと登ったハイドの瞳に映ったものは。「ーーーっ!!?」。心臓を貫かれ、苦痛に表情を歪めるイースの姿と。「...やっと来たのね。待ちくたびれちゃった」。彼の心臓を抉り微笑む、狂気に満ちた少女の姿。17

2015-11-26 00:15:59
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「...なに、やって.....」。目の前の光景を受け入れるのに時間がかかった。地に伏した大轟竜の姿を見るに、イースは因縁の死闘を終えたのだろうとはわかった。しかしこの状況は?何があった?何が起こっている?「...なぜ、お前がベルゼを喰わんとしていた力を振りかざしている!!」。18

2015-11-26 00:28:43
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

そう、彼女と相棒達が感じ取った"かつて仲間を蝕んだ狂気の魂"を、少女は操っている。その禍々しい程にどす黒いオーラは少女を覆い、纏われているかのように周りを踊る。「......ハ、イド......っ」。微かに、ハイドの耳に声が届く。目覚めた時から聞きたかった、彼の声だった。19

2015-11-26 00:31:08
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「イース!!」。彼女は叫んだ。今なら届く、その名前を。それを見やった少女は、小さく肩を落とす。「......うーん?まだ自我が残ってるなんて?すごいのね」。ハイドの声とは正反対に、面白がる素振りを見せつつも尖る少女の声は、狂暴竜の力そのもののように感じられた。空気が凍りつく。20

2015-11-26 00:35:51
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「...いいわ。壊れ物だと思って扱ってあげたのだけど、」。言い終わるか否か、イースの心臓を深々と貫く少女の腕全体が一層強いオーラを纏う。凍りつく空気は、まるで実体を持つかのように肌を刺す。「っああぁ、ぁあああああ!!!」。激痛と異物感による耐え難い苦痛は、イースを絶叫させた。21

2015-11-26 00:39:55
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「!貴様...っ!イースを離せ!」。見るに堪えない光景を映す瞳は怒りに揺れ、ハイドは少女を鋭く睨む。背に持つ双剣を手に取ろうとした瞬間。少女はあどけない笑顔を浮かべた。違和感。先程までの氷の空間を嘘へと変えるような。「うん、離してあげる」。くすっと笑い、少女は手を引き抜いた。22

2015-11-26 00:43:44
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

少女の支配から解かれたイースの体は、力なく背から地へと落ちた。「ーーーっ!!」。そのボロボロの人影に駆け寄ろうとした刹那、目の前に少女の姿があった。瞬発的に後ずさる。先程までのあどけない笑顔はそのままに、その瞳に宿るは、見間違う事のない殺気。「もう、ちょっと待ってってば」。23

2015-11-26 00:47:17
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

少女は殺気を込めた視線で、無垢に笑う。その違和感は、ハイドの視界を狂わせる。一瞬、ほんの一瞬だった。少女が後ろを振り返る。彼女の視線も、つられて少女の捉える方へ。「......、...イース?」。倒れ伏していたはずの彼は、その場に立っていた。失ったはずの片腕は、存在している。24

2015-11-26 00:50:34