女騎士ハラミを焼く#2 肉の暴力◆1
_灰土地域北部、雪の積もる山並みが月明かりに照らされている。静かな月夜は家畜の悲鳴によって打ち砕かれた。 乾燥した風に血の匂いが乗る。生臭い死の匂いだ。悲鳴は一瞬で途切れ、肉を引きずる音が続く。そして骨のくだける音。 31
2016-01-14 17:19:24_彼は静かで、冷酷だった。彼の全身を覆う分厚い肉の鎧。肉は脈打ち、まるでそれ自体が生きているように振舞う。 実際この鎧……アーティファクトは生きているのだ。所持者の姿は分厚い肉に隠され見えない。生臭い息が頭部の換気口から噴出した。家畜を咀嚼する音。 32
2016-01-14 17:22:32_この戦場にセリマはいた。ただ、セリマはここを自分の戦場としては選ばない。玄武岩が点在するツンドラの平原で、岩陰に隠れて観察するセリマ。 隠密の呪文で身の回りの音を消す。クロスボウは背中に背負い、いつもの板金鎧ではなくソフトレザーの革鎧。 33
2016-01-14 17:26:40_流石に月明かりでは見えるものも見えない。夜視の望遠鏡を騎士団から借りてある。遠くから肉鎧を観察し特徴を探る。 どうやら肉と同化し筋力を強化しているようだ。家畜を一撃で殴り殺していた。足は速く、接近戦は禁物。肉は分厚く、まともな攻撃は通りそうにない。 34
2016-01-14 17:30:32(どうやら遠距離武器は持っていないみたい。つくづく役に立たない鋏ね) セリマの首にかかった鋏のペンダントは申し訳なさの欠片も見せない。今日はここで離脱することにする。 対策もなしに襲い掛かるのは無謀だ。準備は絶対に必要である。 35
2016-01-14 17:34:44_セリマは馬を走らせて再び騎士団の野営地に戻った。相変わらず病人が並べられている。目指すテントは騎士団の資料室だ。 資料室は馬車がそのまま図書室になっている。本の匂いで外の消毒液の匂いが和らぐ。明かりを探していると背後から光が差した。 「おかえり」 36
2016-01-14 17:39:34_そこにいたのは例の若い技師だった。空中に浮かぶ光球に薄布が被せてある。光源の呪文。 「生体装備についての資料を探しに来た」 「ここと……ここ。この本もだな」 「詳しいのね」 技師は得意げに笑った。 「暇さえあればここに籠って読書さ。知識も訓練が必要なんだ」 37
2016-01-14 17:42:49_セリマは負けたような気分になる。彼は彼の戦場でひたむきに戦っているのだ。 「必死になるのは見苦しくて嫌だ」 3冊の本を開いて読み始めるセリマ。技師は隣に座って該当ページを開いてあげる。 「本気になってくれたんだね、嬉しいよ」 「違う」 38
2016-01-14 17:46:47_セリマは光源を掴んで技師にぶつけた。バウンドして再び空中に静止する光源。 「できるだけ楽して勝ちたい。戦いは嫌いなんだ。戦いを短く、安易にするためには努力を惜しまない」 例えば銃撃戦に備え、ミサイルプロテクションを訓練しておく。そんな感じだ。 39
2016-01-14 17:52:14_しばらく本を読み漁った後、本を閉じて背筋を伸ばすセリマ。 「ちょっと協力してくれないか?」 「僕は弱いよ。クロスボウだって、発射間隔は騎士団最低」 「違う、沢に行くんだ」 「沢って……水の流れる?」 セリマは悪童のように笑う。 「他に何がある、沢は沢だ」 40
2016-01-14 17:57:35