美しい男は買い食いなんてしない#1 呪いの指輪◆1
_クノーム市の美しい赤煉瓦の街並みが雪化粧をして、それが溶けて無くなる季節となった。長かった北風……北壁山脈から中原を舐めるように吹き降ろす北風が止み、埃が舞い上がって街中がぼんやりとしている。そんな季節。 ミレイリルはそれほどウキウキはしなかった。仕事があるからだ。 1
2016-01-27 17:27:52_冬の間事務所にしまい込んでおいた観葉植物の鉢植えを、全て外に出す作業が待っている。そして、今日は仕事もない日であり、作業をしない理由がどこにもなかった。 しかも彼女の務める事務所は街中に刻まれた絶壁の谷の中腹にあり、いちいち長い階段を上って鉢を運ばなくてはいけない。 2
2016-01-27 17:32:44「ハー面倒だわー」 ミレイリルは崖の上にある受付小屋の玄関、石段に腰かけてため息をついた。彼女は33歳。疲れも出てくる歳だ。 腰が痛いが怠けるわけにはいかない。この事務所に勤めて2年の新人だし、奇跡的に就職できた元家事手伝いだ。この職場を大事にしたかった。 3
2016-01-27 17:37:33_しかし気合だけでは人間動かないものである。 「こう疲れちゃうと、何かご褒美欲しいねー。たぶんこれだけ頑張ったんだから、むしろご褒美が喜んでわたしの所に飛び込んでくるはず。いでよ、ご褒美!」 一人で勝手に腕を振り上げて暇つぶし。 4
2016-01-27 17:44:23_すると、偶然にも道の向こうからラッパを鳴らして屋台がやってくるではないか! 「え、ご褒美マジで来ちゃった!?」 しかしその屋台、ヘビーな串焼肉の屋台であった。ミレイリルは自分の脇腹をつまむ。30代を猛烈にアピールしてくるふんわりとした感触。 5
2016-01-27 17:48:22_屋台は近くに停まり、しばらく営業をしていた。ミレイリルが悩んでいる間に、次々と客がやってきては串焼肉を買っていく。 「羨ましい……」 一人、屋台に張り付いて猛烈に串焼肉を貪る若い男がいた。筋肉質のしなやかな身体で、いかにも育ちざかりといった感じだ。 「羨ましい!」 6
2016-01-27 17:53:32_ギリギリと歯ぎしりをしながら若い男を観察してしまう。すると、ミレイリルは奇妙なことに気付く。串焼肉を食う男の顔が、まるで土でも食っているかのような苦悶の顔なのだ。 (何かありそう。こういう時は……) ミレイリルはスーツのネクタイに留められたネクタイピンを操作する。 7
2016-01-27 18:00:17_ミレイリルの勤める事務所こそ、『レックウィル霊障コンサルタント事務所』である。霊に関する様々な障害に対してアドバイスを行い、時には介入して解決をする。 ネクタイピンは魔法が込められている。それは、霊を感知する効果を持つ。 (やっぱり、憑かれてる。お仕事だ) 8
2016-01-27 18:04:41_ネクタイを整えて、ミレイリルは素早く、音もなく彼の隣に滑り込む。訝し気な目を向ける若い男。ミレイリルはとびっきりの甘い声で、セールストークを始める。 「何かお困りでしょうか? 霊について、わたくし達は効果的なノウハウを持っています。初回相談無料です。お気軽に!」 9
2016-01-27 18:10:06「ああ、事務所がこの近くにあるって、調べてきたんだ。そしたら屋台があって、何が何だか分からなくなって、食い続けてしまった……」 憔悴した、蚊の鳴くような声が青年の口からこぼれた。ミレイリルは見た。彼の肩越しに……背中で笑う、太った悪霊の顔を。 10
2016-01-27 18:15:05