美しい男は買い食いなんてしない#2 輝きの季節◆3(終)
_レックウィルは夕暮れの公園に一人でいた。何もせずベンチに座り、ぼんやりと夕日を見ている。巻き上がった埃が夕日を霞ませ、やはりぼんやりとしていた。 遊んでいる子供の姿はすでになく、奇妙な静けさの中、雲だけが明るく輝いている。彼は待っていた。 50
2016-02-02 17:06:10_隣に誰かの気配。魔法物品による感覚強化は、レックウィルにその正体を感じさせていた。霊だ。しかも、消えかかっている。 彼を待っていたのだ。レックウィルはまだ約束を果たしていなかった。彼を救うということを。キリオに憑りついた、悪霊を救うことを。 51
2016-02-02 17:10:33「落ち着けましたか」 「ご覧の通りだ」 妄執を失い、何もかも消え失せ、ただの残像となった男がいた。 「もうアイツには近寄れない。あいつは輝きすぎている。俺の腐った性根が恥ずかしくなるほどにな」 52
2016-02-02 17:14:40_悪霊の顔には何の感情もない。ただ、本当の死を前にした人間の、僅かな後悔があった。 「あいつが堕落すれば、俺の心が休まる……そう思っていた。そう頑張ったはずなのに、実際には、あいつが俺の届かない場所へ行くことで、俺は解放された……」 53
2016-02-02 17:18:49「死んだ男の戯言だ。最後まで聞いてくれるだけでいい……あいつは輝いていた。何もかもが羨ましかった。そして、光が強いと影が濃くなるように、俺の惨めさを際立たせた。あいつと俺の何が違っていたのか……狂いそうだ。実際狂っていたのかもしれない。俺は何一つあいつに勝てなかった」 54
2016-02-02 17:23:32「死んだ時点で俺の負けは確定していたんだ。生きている人間に、死んだ人間が勝てるわけがない」 「貴方は十分頑張りました。貴方は負けたのではなく、もうすぐ安らげる場所に行けるのです」 レックウィルは夕日を見たまま、呟いた。鳥が寝床に帰るために空の向こうへと消えていく。 55
2016-02-02 17:27:40「どうして俺は死を選んでしまったんだろう。死んだら、全部終わりじゃないか。結局俺はアイツに勝てなかったよ。あいつの背中を追いかけて惨めな気分になっていただけで、俺自身の幸せを見失っていただけで……本当は負けてなんかいなかったとしたら、俺はなぜ……」 56
2016-02-02 17:33:08_霊体が割れたガラスのようにひびだらけになる。ガラス片を踏んだような音がする。レックウィルは、それが泣き声であることを察した。 「俺は惨めな人生を歩いたよ。あいつを追いかけるだけで、自分を振り返ることなんてなかった。生きている間、一度も美しくなんてなかったよ……」 57
2016-02-02 17:36:33「……」 「春だね」 レックウィルは押し黙った霊に向かって、静かに話した。 「春が来たら、夏になる。これから季節がどんどん美しくなっていくね……死ぬのには丁度いい季節じゃないか。苦しみも、後悔も、全部美しさの中に消えるさ」 58
2016-02-02 17:40:41「このまま夏になって、陽だまりの下、永遠に続く安らぎを得るんだ」 レックウィルはベンチに座ったまま霊の肩を抱いた。その感触はまるで雲を掴むようで……最初から何もなかったように空を切った。 「説得は苦手だよ」 夕日は沈むしかなく、彼はミレイリルの声を最後に思った。 59
2016-02-02 17:46:45【用語解説】 【春】 北風の神が北極から吹き付ける風を止めて、東風の神がアヅマネシア群島からの温かく湿った風を送るころ、灰土地域に春が訪れる。灰土地域は四季がはっきりしており、春は若草や苔が萌える季節。渡り鳥が東風に乗って灰土地域に飛来し、雪熊たちは寒さを求めて北上を開始する
2016-02-02 17:57:09