即興小説・常夜灯の橙夜

佐々木匙@やったー @sasasa3396

大変なことが起こったと皆ざわざわしているし、テレビでも大騒ぎ。何せ、日本の真ん中の片田舎に突然、白夜が現れたのだ。これが白夜といっていいのかはよくわからないけど、ニュースで言ってるのだから多分間違ってはいないのだろう。昨日の夕方から、僕たちの街は日が暮れる気配がない。

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気配がないというよりは、気配しかないと言おうか。要するに、ここの空は夕焼け空のままもうすぐ24時間変わらずにいるのだ。だから白夜というよりは橙夜とでも言った方が合ってる気もするんだけど、ニュースが言うんだから仕方がない。とにかく暮れない夜なんだから白夜である。

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なんでも、この現象を認めると現代天文学にいろいろと支障が出るとかのことで（太陽が何個もあることになってしまうらしい）、先ほどからテレビの中継と群がる野次馬がうるさい。その背後では中学生どもがピースしてカメラに映ってたりして、これはまあいつも通りの延長の風景だ。

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僕は野次馬と言うには少し離れたところで、でも興味自体は隠せずに、いささか中途半端な立ち位置を取っていた。空は綺麗なオレンジに染まっている。24時間変わらずに。「あーあー、すいません、ご迷惑おかけしてますよね」と、突然声がかけられた。見ると、シャツに吊りズボンを履いた小さな男の子。

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「僕、照明担当なんですけど、昨日ちょっとしくじっちゃって。ここの電気を切り忘れちゃったんですよ」と、手を上の方に伸ばして、かち、と一度引っ張った。すると、空のオレンジはすうっと消え始める。藍が空を染め出し、ふつふつと星が現れだした。テレビ中継の方でもどよめきが上がる。

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「ちょ、ちょっと待って。今ので夜になったの」「はい」「照明って何」「原理はお家の灯りと一緒ですよ。紐を引っ張って明るさを変えるんです。昨日は僕、常夜灯のままにしちゃってて」「常夜灯……あのオレンジの灯り？」「はい。今は電気を切りました」僕はははあ、と言うしかなかった。

佐々木匙@やったー @sasasa3396

「あっちじゃなんだか天文学の修正がどうって話になってるんだけど」男の子はひょいと中継車の方を見て、肩をすくめる。「修正も何も」僕は鞄の中の科学の教科書を思い、研究に一生を捧げた科学者のことを思い、何が何だかわからなくなっていた。「それじゃ次に行くので」男の子は踵を返した。

佐々木匙@やったー @sasasa3396

それっきりだった。僕は今のところ二度とその男の子には合わなかったし、テレビの中継車は二日ほどで帰っていったし、それ以来こんな小さな街がニュースになったことはない。しばらくあちこちの国の学者がうろついていたが、何の成果もなしに帰っていったのだろう。

佐々木匙@やったー @sasasa3396

僕はその夜、次の日までに提出の進路志望の紙を取り出し、唸った。既に何度も消しては書き、消しては書いた跡が残っている。公務員だとか営業だとか、そういういまいち想像しにくい文字の跡が。僕は少し考え、大きく「画家」と書いた。やっと書けた。

佐々木匙@やったー @sasasa3396

みんなが信じてた天文や宇宙の話は嘘っぱちで、日の出日の入りは小さな男の子のつけるただの電気照明。僕はそれを知ってしまった。だから、ぐらつく地面の上、少しくらい安定性のないことをしたって大して変わらない気がしたのだ。僕は父にその紙を見せ、ひどく怒られ、でも意地でそれを提出した。

佐々木匙@やったー @sasasa3396

僕は今、なんとか滑り込んだ美大で勉強をしている。あの男の子は、もう同じミスを繰り返すことはないようで、天文学もあれを謎の例外として上手く回っているようだ。僕はたまに宇宙のことを思う。昼夜が照明なら、地面は舞台か。幕が降りるのは何億年後のことだろうか。

佐々木匙@やったー @sasasa3396

もしかして、僕がもっとうんと立派な画家になったら、と思う。神様、できたら背景の書き割りなんかを描かせてくれないかなあ。山や、川や、街並みなんか、きっと上手く描いてみせるんだけど。指で窓を作り、僕はにっと笑った。

佐々木匙@やったー @sasasa3396

「常夜灯の橙夜」おわり