タマネギの形をした涙#3 25年後の君に◆1

遺跡都市ナィレンの水道事情。今回、街へ水を運ぶ水道が塞がってしまう。それも、巨大なタマネギで!  タマネギにかけたおっさんの夢、そして、変態の力で、事件は解決へと……売れない画家エンジェと、呪われた騎士ミェルヒの冒険です 全90ツイート予定 最初↓ 続きを読む
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減衰世界 @decay_world

_タマネギの形をした涙#3 25年後の君に

2016-02-09 16:57:05
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_変態は子供たちにおやつを与えて、再び店の奥へひっこめた。 「ご覧の通り、あっしのもう一つの顔ですぜ。慈善事業家……貧乏ですがね、へへ……まぁ、楽しい暮らしですさ」 「変態だけどね」  変態は静かに自らの境遇を語りだす。 61

2016-02-09 17:03:58
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「あっしは孤児でさ、必死に働いて、のし上がって、若くして事業で成功して、貯蓄も増えたでさぁ。へへっ、でも……虚しさを覚えてさ、何かひとのためにできることは無いか、思い立ったんですさ。魔法札写本は大学の時に覚えてさ、独立して、孤児院を開いて……」 「立派ね……変態だけど」 62

2016-02-09 17:12:32
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_美しい、成功の経歴だったが、変態の目はどこか悲しげだった。 「あっしは、立派な人間になれたか分からないんですさ。成り上がるために、汚い世間を這いずって、他人を蹴落として……そこから目を背けるように偽善者ぶった活動を始めてさ……いつも、求めているものがあるんですさ」 63

2016-02-09 17:22:54
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「あっしは生きていてもいい……あっしに、価値があることを。それをこの身に感じたいんですさ」 「なるほど。で、変態さんの提案は何かしら?」 「あっしの仕事を……チビたちに見せてやりたいんですさ」 _変態らしからぬ、純粋な願いだった。 64

2016-02-09 17:29:10
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_そして、孤児院にサプライズで遠足が始まった。エンジェとミェルヒは、もちろん変態の提案を受け入れたのだ。変態は馬車をチャーターして孤児院の子供14人を現場まで連れて行った。  にぎやかな旅だった。孤児たちは幸せであることが笑顔から分かる。 65

2016-02-09 17:34:00
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_エンジェはタマネギの成長スピードが気にはなっていたが、幸い大事には至っていなかった。いや、水道のあちこちが完全に破損し、一面が溢れた水で湖のようになっていたが大事には至っていなかった。そう信じた。  子供たちは大きいだけのタマネギと分かるとがっかりしてみせる。 66

2016-02-09 17:39:33
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「これからおねえちゃんがタマネギの花を咲かせてみせるからね」 「えー、ただの白い丸じゃん、タマネギの花なんて! つまんない」 「そうかもしれないね……」  せっかくの遠足でタマネギの花もないだろうと、エンジェも思わないでもない。 67

2016-02-09 17:47:08
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_開発のおっさんは力なく水たまりに座ってタマネギを見上げていた。水浸しになるのも厭わずに。その汚れた白衣に、変態は自分のみすぼらしい魔法服を重ね合わせた。 「今じゃなくていいですさ」  変態はぽつりと呟いた。子供たちの声が止む。 68

2016-02-09 17:52:10
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「今じゃなくていい。タマネギの花を、いつか思い出してくれるだけでもいいですさ」  変態はおっさんの境遇を聞いていた。だからこそ、声を上げずにはいられなかった。 「きっと凄い花になるはずですさ。初見では分からなくても……一人の男が、本気で人生を費やした花なんですさ」 69

2016-02-09 17:56:45
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「だから、いつかきっと思い出すんですぜ。この、タマネギの花を。歳を取って、自分を振り返ったときに……自分の姿に、重ね合わせる花が、咲くはずなんですさ……」  その声は、子供たちに向けられていたが……確かに、おっさんにも届いていた。 70

2016-02-09 18:04:56
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_タマネギの形をした涙#3 25年後の君に ◆1終わり ◆2へつづく

2016-02-09 18:05:26
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【用語解説】 【馬】 移動用草食獣の総称。哺乳類に似た獣だったり、陸を走る鳥だったり、トカゲだったりする。エシエドール帝国が開発した蒸気機関自動車は時代と共に老朽化して失われ、魔法使いは自由に魔法で移動できるので、市民は馬に頼らざるを得ない時代に移り変わっていく

2016-02-09 18:09:36