燭へし同棲botログ:愛妻の日

2016/1/31:二人で一歩進んだ日。
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燭へし同棲bot @dousei_skhs

【××の日】 この季節、俺たちは結構な頻度で鍋をする。材料を適当に切ってぶち込むだけで簡単に出来るし、シメに炭水化物も摂れる。今日だってそうだ。俺たちは今まさに雑炊が出来上がるのを待っているところだった。向かい合って他愛もない話をしながらの晩酌は、すっかり俺の楽しみの一つだ。

2016-01-31 23:32:33
燭へし同棲bot @dousei_skhs

話しが途切れて訪れる沈黙も心地いい。今日のお供は日本酒だった。辛口の熱燗。普段よりも減りが早いのは、二人とも同じくらいのペースで飲んでいるからだ。珍しいこともあるものだとぼんやり眺めていると、光忠が沈黙を破って話し掛けてきた。 「ねえ」 「ん?」 「突然悪いんだけど」 「なんだ」

2016-01-31 23:34:37
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「今日、長谷部くんに渡したいものがあって」 「……?」 取って来るねと言って猪口に残った酒をくっと煽り、席を立つ。いつもならとっくに回っている量とペースだろうに、そんな光忠の足取りは素面のようにしっかりしていた。 「――ごめんね。お待たせ」 「ああ」 「それで、はい……これ」

2016-01-31 23:37:00
燭へし同棲bot @dousei_skhs

戻って来た光忠が差し出したものは、華奢なリボンが品よく掛けられた、掌に乗るほどの小さな箱だった。……何故。何故今日こんなに高そうなものを。俺はそこで一つの可能性に思い至った。 「……すまない、今日は何か、その、記念日だったか」 そう、俺が何か大事な日を忘れていたという可能性だ。

2016-01-31 23:39:10
燭へし同棲bot @dousei_skhs

だが光忠は違う違うと手を振った。 「――ただ、うん……そうだね、記念日になったらいいん、だけど」 珍しく歯切れの悪い物言い。視線で続きを促すと、光忠は観念したようにふっと息を吐いた。

2016-01-31 23:42:16
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「もう一歩前に出てね、けじめをつけたいと思ったんだ」 「けじめ? なんの……」 「まあ、言ってしまえば僕の我儘さ」 「……話が見えん」 「いいんだ。こっちの話だからね。……取り敢えず、開けてみて」 「……ああ」

2016-01-31 23:45:36
燭へし同棲bot @dousei_skhs

光忠の言いたいことを判じかねるまま、それでも俺は言われた通りにリボンを解いて、箱を開けた。――と、中にももう一つ箱が入っていた。しかしこれは外箱と素材が違う。ふわっと指が僅かに沈む――ベルベット? だろうか。

2016-01-31 23:47:20
燭へし同棲bot @dousei_skhs

俺は固まった。この箱、この形。これによく似たものを知っている。しかしそれを実際に手にしたことはなくて、では何故知っているかというと、ドラマの中で見たことがあるからで。戸惑う思考を置き去りに、俺の手は勝手に動いた。ベルベットの蓋を開くと、そこには案の定、 ――指輪が、あった。

2016-01-31 23:49:58
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「……こ、れ」 「……まあ、見ての通りです」 ケースの真ん中に鎮座しているシンプルな指輪。ゴールドのそれは、食卓の光を含んできらきら輝いた。目が離せない。光忠はそんな俺を見ているのだろう。困ったような声がゆったり空気を揺らした。

2016-01-31 23:52:21
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「情けない話さ、今日僕が頑張ってお酒飲んでたのは、これを渡すためで」 「……というと」 「勇気づけてもらおうと思ったんだよ」 「……馬鹿」 「ほんとにね。でもダメでさあ、緊張してると酔えないものだね」 「…………」 「……ほんと、馬鹿だと思うけど」

2016-01-31 23:53:32
燭へし同棲bot @dousei_skhs

違和感を覚えて視線を戻すと、気恥しそうに笑う光忠がいた。それはよく見るいつもの笑顔で、……いや、違う。そこで俺は違和感の正体に気がついた。……光忠の手が、震えている。黒髪の間から見える耳が赤い。……“いつも通り”を装おうとしているだけだ。

2016-01-31 23:55:34
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「……なんで、今」 「……睦月は、君にとても似合うから」 「そう……だろうか」 「そうだよ。冴えて、優しくて、清廉で」 「……」 「君の季節に、言いたかった。……それだけ」

2016-01-31 23:57:09
燭へし同棲bot @dousei_skhs

勇気出なくてギリギリになっちゃったけど、と言う声も僅かに震えている。光忠はそれをごまかすように深呼吸をした。俺もつられて息を吸う。ことこと。鍋の柔らかい音が沈黙に温もりを添えてくれる。下手になっている笑顔を仕舞う、光忠の顔つきが変わった。

2016-01-31 23:59:33
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「これを渡して何かが劇的に変わる訳じゃない。本当に僕の我儘」 「……」 「この前言ったよね。僕は長谷部くんと一緒に過ごせるだけで幸せだって」 「……ああ」 「ね。……でもそれを言ってから、僕は確証が欲しくなった」 「確証」 「今だけじゃない、長谷部くんのこれからが、一生が欲しい」

2016-02-01 00:00:48
燭へし同棲bot @dousei_skhs

このときの光忠の、光を含んだ蜂蜜色を、俺は忘れることが出来ないだろう。 「欲張りでごめんね。でも、長谷部くんが嫌じゃなかったら」 とろりとした瞳が動いたそのとき。光忠は俺を見据えて、こう言った。 「僕と結婚してください」

2016-02-01 00:02:43
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「……みつ、」 「……ああ、泣かないで」 甘やかすような光忠の声で、初めて気がついた。いつの間にか、自分の目からぼろぼろ涙が零れていたことに。しかし泣かないで、なんて言われて大人しく泣き止める人間がいたら会ってみたいものだ。

2016-02-01 00:04:21
燭へし同棲bot @dousei_skhs

みっともなく鼻をすすると、ふはっと素で笑った気配がした。それがどうにも悔しくて、俺は涙を乱暴に拭った瞳で、笑った犯人である光忠を睨みつけた。 「……お前、俺が断ったらどうするんだ」 「それは寂しいけど、仕方がないよ。僕が一生、君を思って独りでいるだけのことだ」

2016-02-01 00:06:10
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「…………」 「……で」 「……?」 「お返事、聞かせてくれませんか」 「……わかっているだろう」 「長谷部くんの口から聞きたいです」 「…………」

2016-02-01 00:08:05
燭へし同棲bot @dousei_skhs

俺は思い切り引っ張って伸ばした袖で目元を擦り、居住まいを正した。目の前の光忠をぐっと見据える。……唾すら引っ掛かるほど乾いた喉に、わかりきった返事を乗せて。 「……俺で、よければ」 「……君が、いいんだ」

2016-02-01 00:11:17
燭へし同棲bot @dousei_skhs

そこで、緊張が解けた。甘い雰囲気が突然くすぐったくなり、互いの顔を見てふき出す始末だ。しばらく二人で笑ったあと、先に息を整えた光忠が“いつも通り”の笑顔で言った。 「雑炊出来たけど、食べる?」 「……食べる」 「ん」 椀を持つ光忠の手は、もう震えていなかった。 【愛妻の日・了】

2016-02-01 00:16:44
燭へし同棲bot @dousei_skhs

(おまけ) 指輪は光忠が嵌めてくれた。俺の左手薬指をひんやり囲んだそれは、驚くほどにぴったりだった。 「……いつ測った?」 「ふふ。寝てるとき」 すっかり余裕を取り戻した光忠が憎たらしい。……ので、俺も近々指輪を買ってやろうと思う。同じ色のものを、同じ願いを込めて。 (了)

2016-02-01 00:17:58
燭へし同棲bot @dousei_skhs

【管理人より】日付を跨ぐのがデフォルトになって参りました。たいへん申し訳ありません。愛妻の日? 愛妻になった日? お付き合いいただきありがとうございました!明日(今日)からも、どうかよい燭へし日和を。

2016-02-01 00:21:30