- kuragari20nen
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いま、S. Partner (1999) Assembled in Japan, University of California Pressという本を読んでいる。戦後日本の歩みを家電製品の開発と浸透という観点から論じた本。知らなかったことも多く、勉強になる。
2016-02-15 16:11:20この本のなかで紹介されている写真。家電製品をほとんど使ったことがない消費者にアピールするためのキーワードの一つが「合理化」だったという。当時の経済状況では必ずしも合理的とは言えない高額の家電製品の購入を受け入れさせるための論理。 pic.twitter.com/kO3sSa9r6Y
2016-02-15 16:13:16この写真は松下電器が小売店に配布した小論に付されていたもの。たらいで洗濯するのに必要なカロリーと、洗濯機で洗濯するのに必要なカロリーを計算するために、ガスマスクとダグラス袋(?)なるものを装着させて測定したのだとか。
2016-02-15 16:13:46@brighthelmer @MSCHosei その洗濯機はなんぼやったんでしょう?耐用年数とか、1日何時間動かすとかまでいれて計算するとどんなでしょう?書いてなかったでしょうか。 計算金額同じでも、主婦の皆さんどう考えた、かなぁ。
2016-02-15 19:36:04@HIToshiUNO この本には、1950年代末の非熟練労働者の平均時給が40円、それに対して電気洗濯機の価格が約2万円、洗濯機の1年間のランニングコストが約2000円というデータが掲載してありました。この文章が配布されたのは1955年ですので、数年の開きがありますが。
2016-02-15 22:29:29この本に出ていた、1960年ごろのトランジスタラジオに関するエピソードがなんとなく面白い(p.220)。日本のトランジスタラジオとしてはソニーの製品が有名だが、それ以外にも米国のブランドで中身は日本製というものがたくさんあった。
2016-02-24 16:42:59そういった米国企業の人たちは、下請けを探すためによく日本に来ていた。そして、日本にやってきた米国企業の人と日本の下請け企業を結びつける役割を果たしていたのが「バイヤーズ・ガイド」というメディア。
2016-02-24 16:43:57メディアといっても、ガリ版刷りの手書きのメモで、日本にやってきた米国企業の人の名前と宿泊先が書いてあるだけの代物だったという。「バイヤーズ・ガイド」の発行者は、主要なホテルをまわって宿泊客リストを見せてもらい、そこに記されている企業名を確認していたのだという。
2016-02-24 16:45:28「バイヤーズ・ガイド」で情報を仕入れた日本の下請け企業の人たちは、アポ無しでホテルを訪問し、米国から来た人物に製品サンプルを見せ、気に入ってもらえればその場で契約みたいな流れだったらしい。ホテルの一室のまえに30人ぐらいの行列ができたこともあったのだとか。
2016-02-24 16:46:19戦後の日本の家電製品というと、どうしても松下やソニー、東芝といった大企業の名前や、それらの製品が海外を席巻したという華々しいエピソードが浮かびやすいが、ここで挙げられているような小さな企業もまた日本経済を支えていたのだという話かと思う。
2016-02-24 16:50:04