ぶら下がりおっさんの空◆1

帝都の上空で見つけた、ミステリアスなおっさん。飛行船の下にロープ一本でぶら下がり、特に何もしないように見える。黒縁眼鏡に、スーツのおっさんの目的とは……!? 全30ツイート予定 次↓ 続きを読む
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減衰世界 @decay_world

_ぶら下がりおっさんの空

2016-03-11 17:04:34
減衰世界 @decay_world

_冬の寒さの厳しい帝都にも、やはり春はやってくる。中原の雪が解け、東からの風が吹くことで大陸の塵や埃がみな西側……特に帝都へと押し寄せる。それに加え、帝都の工場が毎日煙突からもくもく吹き出す煙。  帝都の空はぼんやりと霞みがかって、時折砂埃を巻き上げた強い風が吹く。 1

2016-03-11 17:10:08
減衰世界 @decay_world

_無数に伸びる帝都の煙突の一つ、煙の出ていない煙突。その先に座ってぼんやり空を眺めている少年がいた。12歳くらいだろうか、少し長い髪を肩で切りそろえている。半ズボン姿で、ちょこんと煙突の上に座っていた。事件でも何でもない。彼……オメガは魔法使いである。 2

2016-03-11 17:14:28
減衰世界 @decay_world

_ああ、オメガ! 帝都最高の知識を持った、世界の全ての知識を手に入れたとさえ言われる(誰によって?)、偉大な魔法使い! 彼は全知の魔法によって、滝のように落ちてくるあらゆる知識を一身に受けている。  そのため非常に疲れる。こうして煙突の上で過ごすのは彼の楽しみであった。 3

2016-03-11 17:18:54
減衰世界 @decay_world

「春は心地よいなぁ、実に心地よい」  オメガは一人呟いた。彼は知っている。楽しい言葉は、口にすることで、さらに楽しくなることを。それに、言葉によって頭の中のもやもやした全てを整理できることを。  彼は楽しんでいた。無心になって、季節の移ろいを見渡せるこの場所を。 4

2016-03-11 17:23:00
減衰世界 @decay_world

_全知の魔法を行使できる人間は、彼以外に存在しない。世界中の情報が彼の頭に流れ込んでくる。灰土地域だけは無い。竜の国、翡翠台地、アヅマネシア、そして暗黒大陸。あらゆる地域の今が圧縮されて脳に叩き込まれる。それを整理するためにも、彼には休息が必要だった。 5

2016-03-11 17:27:46
減衰世界 @decay_world

_完璧な人間は存在しない。そして、そんな不完全な人間の作る魔法もまた、完璧ではなかった。オメガは全知の魔法を編み出して以後、この魔法の改良に全力をあげてきた。  致命的な欠陥の一つに、オメガの……いや、人間の身では膨大すぎる知識を処理しきれないというものがある。 6

2016-03-11 17:35:49
減衰世界 @decay_world

_小鳥が舞う。東の空から、ゆっくりと巨大飛行船が帝都の空をこちらに向かってくるのが見えた。 「おっ、インペリアル航空A133じゃないか……VIP用。珍しいな」  豪華な装飾が施された高級飛行船だ。メインジャイロ18基。高速巡航が可能だが街の上なのでゆっくりである。 7

2016-03-11 17:40:16
減衰世界 @decay_world

_飛行船はゆっくりとオメガの方へ近寄ってくる。定期便の航路ではないので、チャーター便だろうか。オメガの目が好奇心で輝いた。全知といえど、どうでもいい情報まで処理していたら脳がパンクする。なので、好奇心の濃淡で重要度を振り分ける。しかし、この飛行船の情報はなかなか出てこない。 8

2016-03-11 17:44:40
減衰世界 @decay_world

_全てを知っているはずのオメガが、思わぬものを目にして驚いた。おっさんだ。おっさんが、ロープ一本で飛行船からぶら下がっているのだ。  帝都の労働者よろしく白いシャツを着て、黒いズボンを履く。オメガは目を白黒させてこの男の正体を自らの知識から探す。 9

2016-03-11 17:49:08
減衰世界 @decay_world

_飛行船が接近する。おっさんの姿が鮮明に映る。きっと、魔法の不具合だ。検出漏れした知識があったのだ。 「面白くなってきたね……!」  オメガは狼のように笑う。おっさんが彼に気付き、お辞儀した。 「やぁやぁ、おかまいなく!」 10

2016-03-11 17:53:39
減衰世界 @decay_world

_ぶら下がりおっさんの空 ◆1終わり ◆2へつづく

2016-03-11 17:54:57
減衰世界 @decay_world

【用語解説】 【東からの風】 風の神タジクの四天王の一人、東風のシルフに吹かせる春の風。東の果ての地に座する東風のシルフが舞い踊り始めると、それは烈風となってアヅマネシアを駆け抜け、北境界高地で雨を落とし、カラカラの風となって灰土地域に到達する。そこで再び潤いを得るのである

2016-03-11 18:00:38