ぶら下がりおっさんの空◆3(終)
_強力な嵐を身に纏った魔法使いは、明らかに飛行船を狙っていた。テロリストである。乱流で飛行船を墜落させようというのだ。 「アンタ、どこのテロリストでしょうか……エシエドール革命軍? それとも虚無教過激派?」 テロリストは答えず、暴風雨を飛行船に浴びせかける。 21
2016-03-13 14:32:23_しかし、飛行船はびくともしない。18基のジャイロも、舵も、正常に稼働している。おっさんはと言うと、風雨を受けてびしょぬれになっていたが、全く揺らがずに不敵な笑みを浮かべている。 地上の街角では、上空の騒ぎを目にして野次馬が群れている。 22
2016-03-13 14:36:50_テロリストの魔法使いは焦り始める。彼のローブは緑色に輝き、フルパワーを出していることが分かる。それなのに、飛行船はびくともしないのだ。 「なるほどなぁ、貴方の魔法、見させてもらったよ。素晴らしいね」 濡れたシャツのままのおっさんを讃えるオメガ。 23
2016-03-13 14:41:39_オメガの欠けた知識の一つが埋まった。彼の手元の分厚い本の一ページに、新たな知識が書き加えられる。 ぶら下がり男は、飛行船の錨だ。男がぶら下がっている限り、どんな嵐でも飛行船は転覆することなく、暴風雨に打ち勝つ。 おっさんは予知していたのだ。この襲撃を。 24
2016-03-13 14:45:39_とうとう、魔法使いのテロリストは諦めてどこかへと飛び去っていった。逃げ足が速い。よい判断だ、とオメガは思う。嵐は消え、雨は上がった。 小鳥が嬉しそうにさえずり、空を飛び交う。おっさんの眼鏡は雨で雫がびっしりとついていた。 25
2016-03-13 14:50:19_帝都での魔法犯罪は時間との戦いだ。帝都の最高権力者である21人の魔王が帝都に張り巡らした魔界。そのルールとして、帝都の秩序を乱す魔法を行使した場合、滅ぼされるというものがある。 魔法犯罪者は、使った魔法が秩序を乱すか判断する魔法回路のタイムラグを利用せねばならない。 26
2016-03-13 14:57:15_オメガは見ていただけだった。このおっさんは、甚大な被害が出るであろうテロを、たった一人で防いだのだ。その雄姿を見届けた人間はオメガしかいない。地上からは小さすぎて見えず、飛行船からは船底のため見えない。 静かに拍手をした。オメガは、久々にいい魔法を見たと喜んだ。 27
2016-03-13 15:02:11「仕事の内容くらい、自慢してもいいのでは?」 おっさんの姿は丸見えなのだから隠すものでもないと思うオメガ。 「もちろん、しますよ」 おっさんは片手で器用に眼鏡の雫をぬぐう。 「週末に、息子に向かって、自慢するんですよ」 「ああ、それはいいね」 28
2016-03-13 15:08:25_飛行船は帝都の塔の一つに停泊して、そのままその日は航空を終えた。おっさんは塔のてっぺんに腰かけて、水筒の茶を飲んでいた。隣にはオメガ。同じく、袖から出したティーセットを広げている。目の前には夕日を受けて輝く飛行船。 「今日は素晴らしい日でした」 オメガは呟く。 29
2016-03-13 15:13:43_お茶を終え、オメガはぴょんぴょんと空中を跳ねる。最後におっさんに振り返った。おっさんは、ニコニコ笑って手を振る。 たった一日の出会いであったが、それこそがオメガの渇望した知識の一片だった。オメガの辞書は無限に続く。彼は、その一項も欠けることを許さないのだ。 30
2016-03-13 15:18:02【用語解説】 【魔界】 魔法使いの使用する魔法領域のうち、魔人の作る領域を魔法陣、魔王の作る領域を魔界とする。魔界は、その効果範囲、対象とする人物の数、ルールの適用範囲ともに最大規模で、広域で自分の魔法を発揮させることが可能。ただし、局所的な効果を見れば魔法陣に後れを取ることも
2016-03-13 15:27:20【次回予告】 少年が洞窟の奥で見つけた輝き。それは、巨大な宝石の輝きだった。大人たちに報告して探してもらっても、何も見つからない。オオカミ少年扱いされ、孤独になる少年を信じたのは、近所のお兄さんだった。 次回「紅玉の茶会を、打ち砕け!」 全50ツイート予定 #減衰世界
2016-03-13 15:32:19