虚構の展覧会に、選ばれしものたち#2 詐欺師は踊る◆2
_次の日の朝、エンジェの担当は決心していた。頭上で電球が明滅している。あのまま床で寝ていたらしい。着替え、歯を磨き、髪をセットする。鏡を見ると、明らかに疲れが見えていた。仕方ない。 金をむしり取ろう、それで解決する。担当はそう思った。 41
2016-03-23 17:10:09_後日、エンジェの屋敷を尋ねる。扉をノックしても、反応は無かった。扉を開けて、声をかける。反応は無い。担当は家に踏み込んだ。彼は冷静さを欠いていた。空き巣でもできるかもしれない……そう思う。 アトリエに、エンジェはいた。その背中に、担当は大きな力を感じる。 42
2016-03-23 17:14:26_背後の担当に気付かないほど、エンジェは集中していた。その鬼気迫る背中に、担当はただ圧倒されていた。彼は金をかすめ取ることばかり考えていて、どうやって絵が生まれるか思ったことは無い。それをいま、目にしている。 彼にいつもの営業スマイルは無く、ただ呆然と背中を見ていた。 43
2016-03-23 17:21:15_担当はエンジェの背後から絵を見る。そして、ショックを受けた。不気味な絵だった。自分の価値観がめちゃくちゃに破壊され、それが美しい何かに再構成されたような、そんな絵だった。 廃墟の中心に小さく、少年が一人背を向けて立っている。それ以外の人物はいない。 44
2016-03-23 17:28:57_いままで担当はこんな絵を見たことが無かった。そして、震えていた。恐ろしい、そして美しい絵だった。魂の底から、震えあがるような絵だった。 「あっ、担当さん。いらっしゃったんですか?」 いつの間にかエンジェが振り返っている。それにすら気づかなかった。 45
2016-03-23 17:35:05「えっと、出品費の話ですが、ようやく資金が集まって……今日お渡しでいいですか」 「いや、いらない」 「えっ」 担当は朝セットした全てを崩したような顔で、呟く。 「出品費は、もう必要なくなったんだ」 そして、そのまま夢遊病者のように屋敷を後にした。 46
2016-03-23 17:40:54_絵が目に焼きついて離れない。途中、何度も蒸気式自動車に轢かれそうになってクラクションを鳴らされた。 自分の今までを振り返る担当。自分の今までは、何だったんだ。幸せを求めて……いや、幸せが与えられるはずだと思っていた自分。 47
2016-03-23 17:46:00_自然と涙があふれていた。鼻水も出てくる。ぬぐうことすら忘れて、当てもなく街を歩いていた。幸せとか、苦しいとか、そんなものがちっぽけに思えるほどの衝撃だった。まるで自分の心を切り取られたような、自分が求めていた答えをそのまま出されたような、そんな絵。 48
2016-03-23 17:53:37_絵の中心に小さく佇んでいた少年。あれは、自分の姿だった。自分は取り残されていたのだ。あの絵の中に。廃墟の中心で、自分の帰還をずっと待っている。担当はそれに気づき、猛省した。 失くしていた自分に気付かせてくれたのだ。 49
2016-03-23 17:58:46「何なんだよ……俺は一体、何だったんだよ……まるで目が見えないまま、子供の頃から……俺は……何をしていたんだよ」 呟いても、答える者はいない。ただ、真昼の太陽だけが彼の背中を照らしていた。 50
2016-03-23 18:02:51【用語解説】 【蒸気式自動車】 科学文明であるエシエドール帝国が発明した乗用車。馬車のようなデザインだが、引く馬はおらず、代わりにせり出したボンネットに内蔵された蒸気エンジンで動く。地球の蒸気機関よりも小型であるが、出力も小さく、市販のものは時速50kmが精一杯である
2016-03-23 18:10:06