事件解決はワインを飲んでからでも遅くない#1 ポンコツ名探偵登場!◆3
_2杯目のワインを飲み干した後、クレメルは席を立った。席を立った後、自分が何をしているか分からずに混乱した。列車の揺れと、酒の酔いと、気持ちの動揺が折り重なって彼の脳を惑わす。 (俺は……マヤーに話しかけようとしている) それを、内なる自分が求めている。 21
2016-04-21 17:31:50_周りの客はどうだろう。食堂車を出ることは許されていないが、各々立って話したり、追加の食事や飲み物を頼んで暇をつぶしている。いまなら引き返せる。どうした? 引き返せるんだぞ? (ダメだ、俺の欲求を、俺は止められない) マヤーの隣へ、ゆっくりと歩いていく。 22
2016-04-21 17:40:21_探偵のマヤーは、椅子に浅く腰掛け、背もたれに背を預け、目を閉じていた。気配を感じたのか、目を開きクレメルを見上げる。 「やぁ、乗客さん。何か思いついた顔をしているね。このポンコツ探偵にご教授願いたいものだ」 「俺はクレメル」 偽名だ。 23
2016-04-21 17:48:06「鎖の材質に気付いたかい?」 「鎖……ああ、ペンダントの鎖だね。それがどうかしたのかい? 確か……」 マヤーの顔が、一瞬で真剣になる。 「そうか、宵闇鋼……宵闇鋼だ!」 宵闇鋼は高価な金属で、装飾品に使われてもおかしくはない。 24
2016-04-21 17:53:56_被害者から聞き取った情報のメモで確かめる。確かにそこには、宵闇鋼の文字。 「なるほど……ありがとう。謎が解けたよ!」 クレメルはというと、残念そうな顔を出さないようにしていた。以前のマヤーだったら、教えられなくても気づけただろう。 25
2016-04-21 18:01:38「遺失物探査の呪文から消えた理由が分かった……なるほど、ペンダントという一つのものにこだわりすぎて、気づけなかったんだ。ペンダントは、シルフの標本と、宵闇鋼の鎖。二つ別々に考えるべきだったんだ」 ぶつぶつと呟く探偵のマヤー。 26
2016-04-21 18:07:34「まず、鉱石シルフは標本となっても死ぬことは無い。石が死なないように、鉱石シルフもまた死という概念から遠い存在だ。何らかの外部刺激によって、活性化する可能性がある。標本から蘇生した場合、本来の形質を取り戻し、遺失物探査の探すイメージから遠くなる……見つからなくなる!」 27
2016-04-21 18:14:19「そして宵闇鋼……宵闇鋼は美しい光沢のある黒い表面が特徴で人気もあるが、魔法の探知に引っかからないという特性を持つ。いや、失くしたら大変だから見つかるように加工しているのが普通だが、経年劣化で魔法加工が効力を失うこともある……こんな単純なことに気が付かないなんて!」 28
2016-04-21 18:19:13_謎は解けた。いや、全体像はまだ掴めていないが、魔法が失敗した理由は見つかった。マヤーは改めて、導き出した推理を皆に披露する。 「つまり、鎖がまだこの食堂車のどこかにある可能性がある。しかし、残念ながら手荷物検査には時間がかかる。列車の許可を取りたい」 29
2016-04-21 18:24:10_列車の最高責任者である生命金属が、法と魔法とを照らし合わせて、魔法の不備を認め、手荷物検査の許可を下ろさなければいけない。それが、魔法を絶対的権力と据える魔法文明人類帝国の法だった。 「魔法の不備を認める判例は少ない……それほどまでに、魔法は絶対。時間がかかるはずだ」 30
2016-04-21 18:33:40【用語解説】 【絶対的な魔法権力】 かつて存在した科学国家エシエドール帝国。革命でこれを破壊し、樹立したのが魔法国家である人類帝国だった。エシエドール帝国の過剰な魔法弾圧の反動で、人類帝国では魔法が絶対的な権力を得た。科学的教育は否定され、教育は神話とまじないを教えるのみである
2016-04-21 18:41:42