【五・一五事件と純粋人間②】日本人に「フェア」という考え方は存在しない／～人類史上もっとも卑劣な事件であった「五・一五事件」～

山本七平bot @yamamoto7hei

①【人類史上もっとも卑劣な事件】１９２２年５月１５日５時すぎ、当時の日本国の首相犬養毅氏は、首相官邸で射殺されました。 この事件は日本暦の第５の月の１５日に起りましたので、通常五・一五事件といいます。＜『日本教について』

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②この事件の経過、犯人への検察官の論告、弁護士の弁論、および事件前後の新聞論調などを検討し、それを最近日本で起ったある事件と対比して、日本教の教義の一面を解明したいと思います。 この五・一五事件は非常にわかりにくい事件です。

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③第一なぜこの老首相が射殺されたのか、その理由すら、結局は私には理解できません。 更にこの殺害は、暗殺とはいえず、さりとて決闘とは勿論いえず、強いていえば謀殺であり、また小反乱もしくは小型クーデターの一面もあります（そう考えるには全く無計画）が、何とも理解に苦しむ事件です。

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④しかしいずれにしても、人類史上、最も卑劣な事件の一つであるとはいえます。 当時の海外報道では事件の発端は当時日本の大問題であったいわゆる「満州問題」において、あくまでも中国の宗主権を尊重しようとする犬養総理に、これに反対して「満州国」の独立を承認せよと主張する海軍軍人が、（続

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⑤続＞公用といつわり、また意見をのべたいと称して首相官邸に入りこんだことに始まる、としております。 実は事件はもっと計画的だったのですが、当時の外電がそのように報じたのも、それなりの理由があります。

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⑥と申しますのは、彼らはあくまでも名誉を重んじる日本帝国海軍軍人として、軍装で面会を求めたのであって、暗殺者として、物かげから狙撃したわけではないからです。 悲しむべきことですが、暗殺者はいずれの国にもおります。

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⑦しかし例えばケネディ前大統領を暗殺したオズワルドのように、暗殺者は事前に発見されればその場で射殺される危険を常に身に負うている訳です。 この点、彼らを暗殺者と見るなら、暗殺を決意した瞬間、軍装は一種の「変装」であった筈です。 しかし彼らはそういった問題意識は全くありません。

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⑧これによって彼らは殆どトラブルなしに官邸に入りこみました。 犬養総理はもちろん、暗殺者に面会を申し込まれて受話したわけでなく、最後まで相手を、名誉を重んじる帝国海軍軍人として遇し、官邸の応接間で、接待用の煙草入れのふたをとってこの暗殺者たちにすすめたのです。

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⑨ところが次の瞬間、彼は射殺されたのでした。 以上のような経過を見て来ますと、彼らは名誉を重んじる軍人として政治上の意見の差を武器で決着をつける為に来たようにも見えます。 政治上の意見の差を武器で解決するという悪習は…つい最近までありましたし、国によっては現在も残っています。

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⑩ヴェルサイユ講和会議のときの仏首相クレマンソーは、その生涯に、自分でも記憶していないほど数多くの決闘をしたといわれておりますから、それから半世紀とたっていない当時の日本で、政治上の問題で決闘が行なわれたとしても、別に不思議ではないと思います。

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⑪ではこの海軍軍人たちは、軍服の名誉と自分の名誉をけがさず、卑劣な謀殺者でないことをあかしするため、決闘の形をとったのでしょうか。 否です。

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⑫せめて形式だけでも老首相の手に拳銃を渡し、一対一で相対し、自らも死の危険をおかすことによって軍人の名誉を守ろうなどという考え方は、はじめから彼らにも日本人全般にもないのです。 こういった倫理感は、がんらい日本人には皆無です。

山本七平bot @yamamoto7hei

⑬彼はいきなり「問答無用」を宣告し、なんら武器なき老首相を、しかも数人がかりで射殺したのでした。 軍人と名乗る人間のうち、これほど卑劣な人間は世界史にも類例がないと思います。

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⑭事件後、彼らを非難した新聞はもちろんあります。 しかし不思議なことに彼らを「卑劣だ」といって公に非難した日本人は、私の知る限りでは一人もありません。

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⑮そして、こういう行為を卑劣とは考えないという点では、日本人は、戦前も戦後も変りはなく、つい昨年、ある面では非常に似た形ともいえる、学生による学生への陰惨な虐殺事件が起っていますが、その加害者も、一般世論も、その行為を卑劣とは考えていないようです。

山本七平bot @yamamoto7hei

⑯私の知る限りでは、こういう行為を卑劣だと公に非難した日本人はただ一人です。 その人とは高橋是清という大蔵大臣の夫人で、彼女の夫の老蔵相は陸軍軍人の企図したクーデターの際、同じように殺害されたのですが、その直後に彼女だけが「残酷と申すよりむしろ卑怯と存じ…」と言明しております。

山本七平bot @yamamoto7hei

⑰しかし彼女の言葉に賛同もしくは共鳴を示した者は皆無だったと思います。 こういう点では「フェア」という言葉すら日本語にはありません。 従って「フェア」という考え方はありません。 日本人の道徳律はまた別のものです。

山本七平bot @yamamoto7hei

⑱私は中国のことはよく知りませんので、中国語にフェアと同じ言葉があるかどうか知りませんが、以上のような問題に対する考え方では、中国人と日本人は非常に違うようです。

山本七平bot @yamamoto7hei

⑲日本を「敬老の国」と考えるのは、おそらく日本と中国とを混同した誤りであって、敬老の国・中国なら「武器なき老人を、武装した数人の若者が欺いて射殺した」などという行為は、最も卑劣な行為であって、理由の如何を問わず、社会は絶対にこれを許さないと思います。