鳥籠の王子と幸せな娘#1 幸せな王子◆2

幸せな王子がいた。そして、王子を求める普通の街娘がいた。街娘はただのスーツを着た労働者であり、その人生にはどこにも王子との接点がない……はずであった。 これは、街娘が王子の心を手に入れるまでの話。 全50ツイート予定 続きを読む
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_鳥籠の王子と幸せな娘#1 幸せな王子

2016-05-11 17:26:52
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_欲しいものを手に入れるために、ひとは計画を立てる。それは万人に共通する行動かもしれない。そして、ミルエリもまたそうだった。  いつもの労働者風スーツを脱ぎ捨て、軽快なパンツルックになり、静かに家を出た。街は夕闇に沈もうとしている。 11

2016-05-11 17:36:20
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_繁華街を背に、人の気配のない街の裏通りに歩いていく。夜の闇が濃い、足音が響く静寂。一つの扉の前で立ち止まるミルエリ。表札もなく、看板もない勝手口を思わせる木の扉。照明すらなく、注意しないと見逃すだろう。  ミルエリは静かに扉を開け、滑るように侵入した。 12

2016-05-11 17:40:30
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_真っ暗な部屋をそろそろと進み、注意深く階段を下りる。階段の下には、明かりの漏れる扉がある。ミルエリは合言葉を言って、静かに扉を開けた。  暖かいランプの炎が出迎える。小奇麗な部屋のベッドに腰かけている、一人の老婆。腰が曲がり、ストールを被っている。 13

2016-05-11 17:45:10
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「日に日に鋭くなるよ、お前の目は」  老婆がへっへと笑って言う。 「獲物を前にしているの」  獲物……老婆のことではない。ミルエリは獲物を狙うために老婆の力を借りた。それは、魔法の力。禁じられた力。この時代、魔法は国家政策で封印されている。 14

2016-05-11 17:50:15
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_科学文明エシエドール帝国の魔法弾圧は苛烈だった。見つかり次第、弁解の余地もなく処刑される。恐ろしい数の魔法使いが闇へと葬られた。多くの魔法使いは辺境へと逃げ延び、老婆のように街中に潜伏する者は稀だった。 「そういう目、好きだから逃げ出さないんだよ」  また笑う老婆。 15

2016-05-11 17:54:48
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「今日も力を借りるのかい?」 「もちろんよ」  ミルエリはここの所毎日のように老婆の魔法を浴びていた。すべては目的のため、獲物を狩るため。 「いい子だよ……アタシの夢の方も、進んでいるかい?」  老婆はミルエリと取引をしていた。 16

2016-05-11 17:59:26
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_魔法の契約を交わすことは重大な犯罪だ。見つかればミルエリも処刑される。それは間違いない。そのリスクを負ってまでミルエリには欲しいものがあった。  そしてもう一つの重大な罪を犯そうとしている。リスクを冒した先に手に入るものを思うと、ミルエリはにやけ顔を止められない。 17

2016-05-11 18:04:27
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_シャツの首元を開くミルエリ。下着の隙間に隠した紙片を老婆に渡す。 「読んだらいつものように焼いて捨ててね。計画はおばあちゃんの思い通りに進んでいるよ」 「嬉しいねぇ……1000年の悲願が、もうすぐ目の前にあるよ……」  灰皿の上に読んだ紙片を置き、マッチで燃やす老婆。 18

2016-05-11 18:09:16
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_互いに視線を交わし、にやりと笑いあう。ミルエリの欲しいもの、それは王子の心。老婆の欲しいものには興味が無かった。それは老婆も同じで、老婆は王子に興味が無い。だからこそ、取引は成立した。 (もうすぐ、王子が私の手に……)  老婆が、跪いたミルエリに手をかざす。 19

2016-05-11 18:12:18
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_老婆の願いはあまりにも狂っていた。それは1000年続いた科学文明の、狂ったような歪みを受け続けた老婆だからこそ願う狂った願いだった。  それでもミルエリは全く疑問に思わないし、狂っているとも思わない。なぜなら、彼女の願いの前には些細な出来事でしかないからだ。 20

2016-05-11 18:14:22
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_鳥籠の王子と幸せな娘#1 幸せな王子 ◆2終わり ◆3へつづく

2016-05-11 18:14:53
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【用語解説】 【魔法使い】 魔法を使える者の呼称。魔法を使うのに資質や血統などは関係なく、誰でも魔法は使える。ただしいくつかの条件があり、常人は身体にシリンダーという補助器具を何十個も埋め込む必要がある。常人を越えた、超越的な人間は生身で魔法を使えるが、非常に稀な話である

2016-05-11 18:18:47