2回死んで1回生きた男#1 第一死人発見◆1
_死体が彼女の目の前にある。生臭い血の匂い。かび臭い洞窟の匂い。じめじめした空気。鳥の足がゆっくりと死体に歩み寄る。 ハゲワシだろうか。いや、違う。ハゲワシは洞窟にはいない。コウモリの糞を踏みしめるその足は、ハーピィの足だ。 「第一死人発見……」 1
2016-05-15 14:30:43_ハーピィは一匹。腰や肩にベルトを巻き、様々な道具や袋を装備している。髪の色は美しい緑色。羽は濃い緑と黄緑のグラデーション。 「メイラール、死体が新しい。楽に蘇生できそう」 背後に向かって声をかけるハーピィ。薄暗がりの中から革鎧の青年が姿を現わす。彼がメイラールだ。 2
2016-05-15 14:38:36_楽にできると言ったはずのハーピィは静かに死体を見下ろすだけで作業に移らない。メイラールが隣に立つ。 「どうしたの?」 「意欲の喪失、ってやつ」 メイラールは革鎧を軋ませて腕を組んだ。 「なるほど、君もとうとう悩む時期に入ったか」 「あっ、先輩風だ」 3
2016-05-15 14:42:52_ハーピィは死体の様子を確認する。大型獣に胴体を食い破られている。ダンジョンではよくある死にざまだ。死体の男の装備は貧弱で、金が無いことが分かった。 「また罵られそうだよ、『金の亡者』ってさ」 「やっぱりそれか、ギシュノ」 ギシュノ……ハーピィの名を呼ぶメイラール。 4
2016-05-15 14:47:04_メイラールとギシュノは死体回収業者のコンビである。ダンジョンは危険な場所だ。あらゆる地域から化け物が魔力を求めて転移してくる。 その際冒険者の死体が最大の危険要素となる。冒険者は身体に魔法を入れたシリンダーをインプラントしている。これが化け物を異常活性させるのだ。 5
2016-05-15 14:54:21_そのため冒険者の死体を回収し、蘇生させる業者が現れた。ダンジョンの平穏を守ると同時に、冒険者の人材を守る。費用は自治体が半分、蘇生者が半分支払う。その費用がなかなか高く、死体回収業者は忌々しい目で見られる。 「この仕事向いてないのかな」 ギシュノが呟く。 6
2016-05-15 14:59:04_メイラールはギシュノが動かないので、鉄兜を脱いで死体のそばに跪いた。 「世界を遍く見つめるエンベロード大神に乞う。天の流れ、地の脈の中で救われた彼の魂を再びこの地に戻さんことを」 呪文を唱え、神の力で蘇生させる。 「蘇生は君の方が上手いからギシュノは向いているよ」 7
2016-05-15 15:04:11「違うのに……」 「ハハ、分かっているよ。罵られるのが得意な人間は、もっとヤバい仕事をやっているよ」 メイラールは立ち上がって鉄兜を被る。 「ギシュノは確かに役に立っている。それを誇ればいいさ。たとえ口では直接言われなくても」 生臭い匂いがいくらか和らぎ始める。 8
2016-05-15 15:08:41「言葉にならない囁きがいくつもある」 「メイラールにはそれが聞こえるの?」 ギシュノは半信半疑だったが、メイラールには何かが分かっているようだった。そんなわけない、とギシュノは思う。 (言葉じゃない囁きなんて、妄想じゃないか) 死体がゆっくりと起き上がる。 9
2016-05-15 15:14:08_天井のコウモリが驚いて数匹飛び立つ。死体だった男はゆっくりと口を開いた。 「死体漁りか、この金の亡者め!」 (またこの言葉か、金の亡者……か) 今のギシュノにはその言葉が全てにしか思えなかった。 10
2016-05-15 15:19:36【用語解説】 【ハーピィ】 世界中に分布する人間の一種。頭とトルソが一般的な人間で、四肢が鳥のものになっている。分布する地域によっていくつか亜種があり、北境界高地の海抜ハーピィや、光土亜大陸のドラゴンハーピィ、八雲湿原の浄土ハーピィなどが有名。かつて超文明灰積世の支配種族だった
2016-05-15 15:28:12