2回死んで1回生きた男#2 剣を取れ◆2(終)
_視線が交わる。メイラールの目と、化け物の目が交錯した。奇襲は無理と判断した化け物がその柔軟な身体をうねらせ、ゆっくりと岩陰から姿を現わした。 「ギシュノ、降りてくるな。豹体ケンシトカゲだ」 豹体ケンシトカゲは危険な猛獣である。メイラールでも手こずるだろう。 41
2016-05-19 17:29:20_メイラールは加速の呪文を唱え、洞窟の地面を蹴って滑るように間合いを取った。豹体ケンシトカゲは名の通り豹のような体つきをしたオオトカゲだ。大きく伸びる犬歯が、爬虫類と哺乳類の中間を思わせる。 豹体が翻る! 次の瞬間、メイラールは押し倒されていた。 42
2016-05-19 17:35:37「ぐっ、流石に速い……ッ」 加速の呪文を超える俊敏さを見せるトカゲ。大きな顎はメイラールの小手で防がれているが、怪力勝負では人間のメイラールは分が悪い。 引きはがそうとのたうち回る彼の頭上に、誰かが現れる! 武器を振りかぶっている! 「野郎、じっとしてな!」 43
2016-05-19 17:41:23_新たに現れたのは……2回死んだ男! 錆が浮かび、欠けた小剣を何度も豹体ケンシトカゲの後頭部に振り下ろす。いくら俊敏なトカゲといえど、顎がメイラールに固定されている状態では逃げることなどできない。トカゲはそのまま脳に損傷を受けてぐったりと動かなくなった。 44
2016-05-19 17:46:09「こいつが死体を作っていたんだ。もう大丈夫だ」 「それを言いに、あんたまたここに来たの?」 ギシュノは縦穴から降りる。 「死ぬかもしれないのに? お金もないのに?」 実際、メイラールにはいくつも手はあったし、ギシュノが加勢しても勝てた。 45
2016-05-19 17:50:27「声が聞こえた」 「え?」 2回死んだ男は、静かに死んだトカゲを見下ろして言う。 「どこからか声にならない叫びを聞いたんだ。走れ、剣を取れって! それは俺にしか聞こえないんだ。だから俺しか、動くことはできないんだ」 男は血に濡れた小剣を見る。 46
2016-05-19 17:56:05「俺は何をすべきか分からないんだ。ただ、お前たちに言われたことだけが引っかかっていた。俺は生きたがっていると。その答えが分からなかった……けれど、突然聞こえたんだ。答えが、向こうからやってきたんだ。走れ、剣を取れ! 気づいたら、その声に導かれるようにここにいた……」 47
2016-05-19 18:01:23_それ以来、2回死んだ男を見ることはなかった。借金を返して、別な街に行ったのかもしれない。それとも列車のチケットを買って帝都に行ったのかもしれない。 ギシュノはいまだ答えを探していた。男はどうやら先に答えに辿り着いたらしい。それが少し悔しかった。 48
2016-05-19 18:06:14「メイラール、穴の下に第一死人発見」 「ハイヨー」 ギシュノとメイラールは今日も死体回収を続けている。ギシュノは耳を澄ましていた。声にならない囁きというものに。ひょっとしたら一生かけて探すものかもしれない。ギシュノはぼんやりと思う。 49
2016-05-19 18:11:43_蘇生の仕事は迷いながら続けている。それでもいいと思えた。自分たちの蘇生した彼が、囁きに辿り着けたのだから。一人の人間を走らせ……剣を取らせたのだから。 50
2016-05-19 18:15:58【用語解説】 【哺乳類と爬虫類】 科学文明であるエシエドール帝国は、「哺乳類は爬虫類から進化した」という学説を裏付けるべく奔走したが、実際には神々によって生命が創造された際、爬虫類からインスパイアされてできたのが哺乳類であった。哺乳類型爬虫類は折衷案として誕生し、現在も繁栄する
2016-05-19 18:20:59【次回予告】 疲れ果てたOLエルムラ。彼女は死体を売る仕事を続けていた。勤めて5年がたち、疲労は限界に達し、目的も何もかも見失いつつある。そんな中で、彼女は一つの光を見つける…… 次回「死体を売る」 全50ツイート予定。この話には残酷な表現が含まれます #減衰世界
2016-05-19 18:30:04