死体を売る#1 疲れ果てたOL◆2
_エルムラは仕事を終え、始発列車で帰宅した。 (今日は死ぬほど怒られたなー) どこか他人事のように思いながら、スーツを脱いでベッドに横になる。電灯の灯る天井は冷たく、静かだった。遠くに地下鉄の唸るような轟音が響いている。机の上にはパンがあるが、食べる気にはならない。 11
2016-05-21 17:22:32(別に怒られたからって、私の何かが欠けるわけでも、死ぬわけでもないしなー) 静かに目を閉じて考える。心臓の音だけを感じようとする。 (私は全力を出している。身体と心を削って生きている。これがベストなんだ。怒られたからって、私の何かが覚醒するわけでもない。無意味だよ) 12
2016-05-21 17:28:38(何のために怒られているんだろう) 答えは見つからない。 (何のために頑張っているんだろう) 目を開く。答えは見えない。 (何のために、生きているんだろう) ぽろりと涙がこぼれた。内臓が締め付けられて、背骨に冷水を注ぎ込まれたような感覚。 13
2016-05-21 17:35:14_勤めてから5年間の思いが次々と押し寄せてくる。悪夢から逃れるように立ち上がり、冷蔵庫に冷やしてあった酒を乱暴に飲んだ。どうせ朝になったら出勤だが、もはや彼女は構わなかった。冷蔵庫の前にしゃがみこんで、ぽろぽろと涙を流す。 (自制心が衰えている……止まらない) 14
2016-05-21 17:40:01_冷蔵庫から手当たり次第に食べ物を取り出し、むしゃむしゃと食べた。 (頑張って就職して、頑張って仕事して、得たものは何だろう。吐き気のする死臭を嗅ぎながら死体を漁って、ノルマがこなせないと怒鳴られて、成果が出ないと罵られて、それで私が得たものって何だろう……) 15
2016-05-21 17:44:37_自分を取り戻した時には、エルムラは地下鉄に乗って出勤していた。時計を見ると悪夢はわずかな時間だったようだ。酒は深くは飲んでいないので会社に着くころには抜けるだろう。 (不良社員だな) そう思って笑った。あんな思いをした後にも、また仕事のことを考えている自分に笑った。 16
2016-05-21 17:49:50_会社につくとすぐにまた教導院歯車街支所へ行くことを命じられた。どうやら今回は別の事故で死体が担ぎ込まれたらしい。 人間の死体が行き着く先は教導院だ。エルムラは近くの街の教導院を渡り歩く毎日。支所ごとに人員を配置しろとは思うが、人件費削減でそんなことはしない会社のようだ。 17
2016-05-21 17:56:08_死体安置所についた時、今回は先に教導院の職員が死体を調べていた。今回も5人の男女が死体を検査している。以前見た記憶がある職員の青年が、珍しくも挨拶をしてきた。 「やぁ、いつもお世話になっております」 「こちらこそ」 死臭が似合わない清潔感を、青年から感じる。 18
2016-05-21 18:01:35_青年は年下にも見えるし、年上にも見える、捉えようのない顔をしていた。彼の方から自己紹介をしてくる。 「ミクロメガスと申します。今回の通達、突然のことでしたね」 「あ、エルムラと申します。通達と申しますと……?」 青年は困った顔をして、頬をかいた。 19
2016-05-21 18:08:02「困ったことに、政府が死体の希少部位の流通制限を行うと言ってきたのですよね。教導院としてもそれに従う方針です。今後も企業と教導院、連携して死後素材の有効活用ができるように調整していきましょう、よろしくお願いいたします!」 エルムラは一抹の不安を抱えずにはいられなかった。 20
2016-05-21 18:20:29【用語解説】 【死体リサイクル企業】 各地に支所を持つ教導院といえど、帝都の各地から死体が集まり、それらを有用な素材として分別するにはキャパシティが足りず、民間に委託している。社員は死者の尊厳を保つためフォーマルな服で作業するが、ゴム手袋とエプロンを着用することは許されている
2016-05-21 18:28:21