「実録 ブラック鎮守府24時」其の壱

ブラック鎮守府の日常、金剛編。
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オットセイ @tobashisakichi

『実録 ブラック鎮守府24時』 「出撃しろ」 その男は、北方海域の水温より冷たい声でそう告げた。 切れ長の顔、瘦せ型。それでいて所作の一つ一つは錨より重い。 帝國海軍の軍帽を深く被り、その下からは艦砲のような瞳が覗いている。 「今すぐだ」 念を押すような言い方だ。

2016-05-13 19:06:52
オットセイ @tobashisakichi

紅茶に手を伸ばしていた金剛の顔から、ふっと笑みが消える。丁度紅茶が冷める瞬間に似ていた。 「……ティータイムがまだネー」 金剛は搾り出すような声で言った。 「入渠は終わったはずだ」 「でも、さっき帰ってきたばっかりで……」 「入渠は終わったはずだ」 男はしつこく繰り返した。

2016-05-13 19:11:25
オットセイ @tobashisakichi

「提督ゥ、みんなも紅茶が飲みたいって言ってるネー」 男を説得するように、金剛は愛想笑いを浮かべた。しかし、これが良くなかった。 「……貴様らが飲んでいるその紅茶、何から出来ている?」 「え……? それは、お茶っ葉……」 「違う。臣民の血税だ。血だ。お前たちは血を啜っているんだ」

2016-05-13 19:14:47
オットセイ @tobashisakichi

男は戦艦のような足取りで金剛に近付くと、素早く彼女の髪を掴み上げる。 「良い香りがするな。入渠後だからか?」 引っ張られて、金剛がティーカップを落とした。 「て、提督、触っても良いけどさ、もうちょっと優しく……」 「この香りは何から出来ている?」 金剛の表情から血の気が引いた。

2016-05-13 19:18:00
オットセイ @tobashisakichi

「お前の大好きな紅茶、良い香りのシャンプー、今割れたティーカップ。それに入渠と補給に使う資材。一体その全て、何から出来ていると思う?」 金剛は髪を掴まれて俯いたまま、答えなかった。 「皇国臣民の生き血を啜り、こんな贅沢まで謳歌して、それで……先の戦闘では“大破”だったか?」

2016-05-13 19:22:59
オットセイ @tobashisakichi

男は金剛を突き飛ばし、床に叩きつけた。彼女は借りてきた猫のように、身体を縮こめて座り込む。 「提督、許して……もう1ヶ月も紅茶を飲んでないよ……毎日、暁から夜戦まで出撃してるのに……」 「貴様は戦艦だ。鬼畜米英の艦隊を海の藻屑に変えるという責務がある。それなのに貴様は……」

2016-05-13 19:27:57
オットセイ @tobashisakichi

「貴様はッ! ろくに敵の旗艦を沈めることなく、いつも“大破”だ! 貴様の艦装、どれだけの血税が注がれていると思う!? この恥晒しがッ!」 「痛いっ、提督、やめっ……」 「陛下に申し訳ないと思わんのか、貴様ッ! 良いか、次に大破して帰ってきたら、貴様を解体してやる! 貴様なんぞは、

2016-05-13 19:31:22
オットセイ @tobashisakichi

艦娘建造の資材になった方が余程御国の為になる! 覚悟しておけよ、金剛ッ!」 「や、休みなしじゃ、調子も上がら……」 「黙れェ! 黙れ黙れ黙れェ! ならば大破したまま進めッ! 敵艦を悉く撃沈するまで、貴様自身も沈む覚悟で進撃しろッ! それが臣民の生き血を啜る貴様の務めだッ!」

2016-05-13 19:34:26
オットセイ @tobashisakichi

金剛は肩を震わせ、瞳に涙を溜めながら唇を微動させた。 「ご、ごめん、なさ、い……」 男は彼女の胸倉を掴むと、床から引きずり上げた。 「出撃しろ」 「て、提督、私はもう、無理ネ……」 「無理だと? どうせ貴様ら艦娘は、死んだとて靖國の御魂にはなれぬ鉄屑だ。ならば御國のため、

2016-05-13 19:46:27
オットセイ @tobashisakichi

せめて敵を道連れに海底へ沈め」 男は口元を三日月のように歪め、嘲笑うように言った。そのまま、男は金剛を執務室から連れ出す。 「いやっ、いやあああああ!」 鎮守府の廊下に、彼女の絶叫が木霊した。すれ違う艦娘たちに、金剛は助けを求める。 「たすけっ、助けて、ネェ、助けてェーッ!」

2016-05-13 19:52:21
オットセイ @tobashisakichi

だが無情にもすれ違う艦娘は皆、許しを乞うような表情で金剛から目を逸らした。その中には、彼女の姉妹艦も居たが。明日の我が身を見ているような眼差しで、自分の姉を見つめているだけだった。 「沈みたくない、海底は嫌、暗くて冷たいのは嫌ぁぁ!」 それが、彼女の断末魔となった。 〜完〜

2016-05-13 19:58:22