「実録 ブラック鎮守府24時」完結編

ブラック鎮守府の日常、大和編、および終戦編。
1
オットセイ @tobashisakichi

『実録 ブラック鎮守府24時』完結編 ――男の乗る観測船に届いたのは、海原を劈くような悲鳴だった。 「いやっ、いやあっ! 助けて、提督、たすけてえっ!」 絶え間ない炸裂音の狭間から、救いを求める声が響く。 その観測船は遥か後方に位置しているというのに、はっきりと聞こえた。

2016-05-23 22:47:54
オットセイ @tobashisakichi

「どうした、大和!? おい!」 大和の悲鳴に、男は珍しく取り乱した。 そこへ大淀が、絶望的な報せを告げる。 「敵機から集中砲火を浴びています! 魚雷が何発命中しているのか、もう分かりません!」 「馬鹿な……そ、そんな……」 男は呼吸を乱して、肩を上下させ、額に冷汗を垂らした。

2016-05-23 22:49:14
オットセイ @tobashisakichi

「熱い、熱いよぉ……提督、熱いよぉぉぉおおおお!」 「や、大和……」 「やだっ、やだぁ、私の中に、入ってくる、や、いやあああああっ!」 「大和、浸水が止まりません!」 観測船の前方には、燃え盛りながらゆっくりと傾いていく大和の姿。双眼鏡でそれを認めて、男は膝から崩れ落ちた。

2016-05-23 22:49:59
オットセイ @tobashisakichi

「こ、こんなことが……こんなことがあってたまるか……」 泣き叫びながら海面をのたうち回る大和を見て、男は全身を震わせた。 「大和ォ! 貴様は不沈艦だ、沈むなどありえんのだっ! 戦えぇ!」 「身体が、身体が動かないよぉ……熱いよぉ、気持ち悪いよぉぉ」 「大和、戦え、戦ってくれぇ!」

2016-05-23 22:50:40
オットセイ @tobashisakichi

「沈みたくない、沈みたくないぃぃ! やだっ、助けて、助けてよぉ! ああああっ!」 しかし海は一切の慈悲を見せず、彼女の身体を飲み込んでいく。天に伸ばした指先までが水平線に消えたとき、彼女はその生涯を終えた。 「……大和、轟沈しました」 「ああ……あ……あああ……」

2016-05-23 22:51:09
オットセイ @tobashisakichi

これまで数多の艦娘を虐待してきた男だったが、大和だけは特別だった。 男はかつての秘書艦である榛名と、練習巡洋艦の鹿島を娼婦として使い、元帥を篭絡した。そうして資源資材の横流しルートを確立すると、艦隊を休みなく稼働させる傍ら、蓄えた資材で海軍初の大型建造に成功する。それが大和だ。

2016-05-23 22:52:45
オットセイ @tobashisakichi

その大和を背景に、男はのし上がった。艦娘の虐待についても口出しはさせず、数え切れぬほどの轟沈と引き換えに輝かしい戦果を手にしてきた。 男は大和を存分に利用し、自身の栄華を支える彼女を「不沈艦」と信じて、ここまで来たのだ。 しかし、最前線へ出すや否や、大和は呆気なく轟沈した。

2016-05-23 22:54:19
オットセイ @tobashisakichi

「嘘だ……貴様は不沈艦なのだ……この俺を支え続ける、沈まぬ存在なのだぞ……」 崩れ落ちる男を前に、彼と共に指揮を執っていた中将が呟く。 「不沈艦などは幻想だ。浮いているものはいつか沈む。形あるものはいつか壊れる。人も艦娘も、変わらない」 「違います、大和だけは……」 「違わんさ」

2016-05-23 22:55:00
オットセイ @tobashisakichi

「そもそも、もはや海戦の勝敗を分けるのは空母という時代なのだ。それなのに君は、先だっての海戦で赤城たちを沈めた。無慈悲にな」 「燃える鉄屑など必要ない! 大和さえ居れば、我が帝國海軍は……」 「そうやって君は大和を過信した。彼女に重荷を背負わせ過ぎたのだ。君が大和を沈めたんだ」

2016-05-23 22:55:53
オットセイ @tobashisakichi

中将に自身の過失を責め立てられ、男は悔しさの余り唇を噛み破った。 そのまま屈辱に震えていると、甲板で補給中の榛名と目が合う。男は怒りの捌け口を見つけたように、彼女に歩み寄った。 「榛名……貴様、この大事なときに補給なんぞしおって!」 男の拳が、榛名の頬を打ち抜く。弾丸が零れた。

2016-05-23 22:56:28
オットセイ @tobashisakichi

「貴様ァッ! 大和が集中砲火を浴びていたと言うのに、どうして護衛に回らなかったァ!?」 「も、申し訳ありません……けれど、もう燃料が……」 「貴様が轟沈すれば良かったんだ! この役立たずが、盾にもなれぬ穀潰しが!」 男は馬乗りになって、榛名を殴り続けた。榛名は一切抵抗しない。

2016-05-23 22:57:01
オットセイ @tobashisakichi

「やめたまえ!」 「中将どのは口を出さないで頂きたい!」 「いや、もう我慢ならん! 君の暴虐をこれ以上見過ごすわけには行かん!」 中将は男を榛名から引き剥がすと、二人の間に割って入る。 男は大きく舌打ちすると、中将に言った。 「良いんですか、俺を怒らせて。元帥が黙っていませんよ」

2016-05-23 22:57:50
オットセイ @tobashisakichi

「それがどうした。腐敗した上官が怖くて、軍人が務まるか」 「元帥の後ろには、海軍大臣だって居るんです。中将どのを鎮守府から追放することだって出来るんですよ」 「勝手にするが良い。君のような獅子身中の虫が居るようでは、海軍も長くはもたんさ」 中将の気迫に押され、男は再び舌打ちした。

2016-05-23 22:58:16
オットセイ @tobashisakichi

そのときである。大和を轟沈させ勢いづいた敵機が、この観測船に迫った。 容赦ない爆撃が行われ、船体が傾き始める。 「いかん、この船も沈む! 総員、小型艇に退避だ!」 中将の指示を受け、船員たちは一斉に動き出した。その騒乱の最中、男は榛名の髪を掴み上げ、命令を下す。

2016-05-23 22:58:48
オットセイ @tobashisakichi

「良いか、ここから動くな。敵の囮となって、爆撃を一身に受けろ。何があろうとも、絶対に動くなよ。撤退など許さん。ここで捨て石となり、我々を無事に逃がすのだ」 「榛名、待機命令、了解です」 それを聞きつけて、中将が怒鳴り立てる。 「榛名を見捨てる気か!?」 男は嗤って、答えた。

2016-05-23 22:59:31
オットセイ @tobashisakichi

「無能な鉄屑には、鉄屑らしい働きをしてもらわねばなりますまい」 「貴様は……っ」 絶句する中将を尻目に、男は観測船を脱出する。退避先の小型艇には、もう多くの船員たちが移っていた。 「こんなところで、死んでたまるか」 男もタイミングを見計らい、小型艇へ飛び移る。 刹那、船が揺れた。

2016-05-23 23:00:07
オットセイ @tobashisakichi

敵機からの爆撃である。その衝撃で足元が揺れ、男は観測船と小型艇の隙間に吸い込まれた。バシャリと水の弾ける音がして、男は海に落ちる。 「ぷはっ、くそっ、敵め」 直後、彼の頭上を、中将とその秘書艦吹雪が越えていった。 男は中将に向かって手を伸ばし、言う。 「手を貸してください、中将」

2016-05-23 23:00:51
オットセイ @tobashisakichi

「……落ちたのか」 「ええ、運悪く」 「……天罰だな」 そう言いながらも、中将は男に手を差し伸べた。 「し、司令官、こんな人を助けるんですか……?」 吹雪の問いかけに、中将は哀しげに答える。 「こんな男でも、私と同じ軍人なのだ、吹雪」 中将は男の腕を掴むと、そのまま引き上げる――

2016-05-23 23:01:15
オットセイ @tobashisakichi

――が、その瞬間。 海面から伸びた鈍色の腕が、男の足を掴んだ。所々に錆が侵食した、鉄屑の腕。それが男を捕らえたのだ。 「な、なんだ……これは……」 海の底から、何かが聴こえ始める。 テイトク……テイトク……。 まるで、セイレーンの歌声。 魂を呼ぶ、冷たい呼び声。 テイトク……。

2016-05-23 23:01:43
オットセイ @tobashisakichi

……ティータイムハ大事ニシナイトネ……今度コソ、ネ……テイトク……。 男は気付いた。この声の主は、過去に轟沈させた金剛だと。 「金剛、貴様どうして……ッ!」 続いて、もう一本の腕が伸びる。同じく、鈍色の腕。 ぞっとするような怪力で、彼の足を捻った。 男の息が、思わず止まる。

2016-05-23 23:02:11
オットセイ @tobashisakichi

「今度は何だ!? 離せ、行かせろ!」 ココハ、譲レマセン……。 更にもう一本。 慢心シテハダメ……ソウデショウ、テイトク……。 「貴様ら、まさか……」 海中から多くの腕が伸びてくる。もはや数え切れない。 その無数の腕に絡みつかれ、男の身体は降下を始める。中将の腕も、もう届かない。

2016-05-23 23:04:16
オットセイ @tobashisakichi

ふと見れば、海上に榛名が立っている。男は絡みつく無数の腕を払い除けながら、榛名に怒声を飛ばした。 「榛名、何をしているッ!? さっさと俺を救え!」 「提督に、絶対に動くなと命じられたので」 「ふざけるなぁ! 俺を助けろ、助けてくれ、今すぐに!」 「榛名、待機命令、了解です」

2016-05-23 23:04:57
オットセイ @tobashisakichi

口元だけをだらしなく溶解させたような表情で、榛名は微笑んだ。被弾痕のような双眸に、既に光はない。 「は、榛名、お願いだ、助け……」 言いかけたそのとき、投下された爆弾が榛名に直撃した。貼りついた微笑を浮かべたまま、榛名は木端微塵となり轟沈する。 「ああ……あああああああああっ!」

2016-05-23 23:05:21
オットセイ @tobashisakichi

榛名の轟沈を見て、男は自身の死を予感したらしい。狂ったように叫び出すと、四肢を振り回して必死に暴れる。 「嫌だ、離せ、離せ鉄屑ども! 貴様らはもう終わったんだ、海の底で大人しくしてろ!」 それを、金剛が嘲笑う。 コレデフィニッシュ……? ナワケナイデショ……

2016-05-23 23:05:57
オットセイ @tobashisakichi

ワタシハ、クライツイタラ……。 「い、嫌だ、やめ……」 ハナサナイワ……。 「やめてくれええ!」 男は完全に絡め捕られた。必死の足掻きも虚しく、その身体は海底へと引きずり込まれる。 「死にたくない、死にたくないィィ!」 そのまま彼の肉体は、果てしなく漆黒に近い海色に溶けた。

2016-05-23 23:06:57