放浪王子の竜退治#1 革命の後◆3
「竜の足跡だ」 「竜ってこんなハンバーグみたいな足跡なの?」 王子とリミアイの二人は、村の青年から教わった地点に立っていた。確かに、巨大な生き物の足跡が残されている。 「足跡がハンバーグなんじゃない。僕が竜をハンバーグにするんだ」 21
2016-05-27 17:11:05_そう言って王子は斜面を見下ろす。足跡はなだらかな斜面の下の方に向かって続いていた。さらさらと湧水が流れ、コケや地衣類がびっしりと岩にへばりついている。 岩だらけの世界だ。辺りは霧が深く、大きな植物などは見えなかった。 「斜面の上に僕たちはいる。地の利を得たぞ」 22
2016-05-27 17:16:15_意気揚々と斜面を下る王子。肩にフレイルを乗せて、本当に竜を倒すつもりだ。 「何も竜なんか倒さなくたっていいし、王権なんて取り戻さなくていいのに」 ちょこちょこと歩いて追いかけるリミアイ。 「示さなくちゃいけないんだ。僕には宿命がある」 どこか寂しい横顔だった。 23
2016-05-27 17:25:04_霧が濃くなっていく。山の天気は変わりやすいと言うが、王子の想像以上の速さだった。迷わないよう注意しながら歩く。 「僕は考えた。王でない僕が王へと変わるために何が必要か? 僕自身の努力だけでは限界がある。僕の周りの世界も変わらなくてはいけない」 24
2016-05-27 17:31:23「世界は変えられないよ」 「いや、世界は変えられる。実際に僕は世界を変えた。以前の僕は皆に守られる世界にいた。そして僕はいま、竜と殺し合う世界にいる」 「ああ、そういう意味ね」 リミアイは歩きながら、時折立ち止まって足元の石を並べ替えている。 25
2016-05-27 17:37:25_王子は不思議そうに見ていたが、やがて合点がいった。霧が深く殺風景なので、迷わぬよう石で目印をつけているのだ。 ただの旅人にしてはやたらと場慣れしている。 「とにかく、僕は王権を掴んでみせる。そのためには竜とだって殺し合う」 「そこまでして、王になりたいと思うの?」 26
2016-05-27 17:43:22_リミアイの疑問ももっともだったが、王子もまたどこか迷いを抱えていた。 「父王は満足していた。贅の限りを尽くし、何でも思い通りにした。処刑されても、未練が無いほどまでに」 砂利を踏む音にかき消されそうな、不安定な声。若い王子は、まだ幸せや充足が何なのか知らない。 27
2016-05-27 17:48:40「王権を手に入れれば満足できる気がする。父王と同じ景色が見たい。ただ、暴君にはなりたくないけどね……古来、竜を倒したものが王権を手にしたという。きっとそれは凄いからではなく、竜を倒して満足したから王になれたんだ」 その言葉は彼自身を補強し、声に自信を取り戻させた。 28
2016-05-27 17:53:14_それから二人は黙ったまま、小川の流れる斜面を下っていった。やがて目の前を横切るように幾分か大きい川と、川が削ったであろう谷底が姿を現わした。川は左手に流れていき、行き先は霧に沈んでいる。 王子が何かに気付き、静かにのジェスチャー。 29
2016-05-27 18:00:39_二人は近くの岩に身をひそめる。視線の先には巨大な丸い背中。白い毛が生えた巨獣。背丈は2メートルほど。こちらに背を向けて、川を覗き込んでいた。 (よし、あれが竜だな……) 王子は確信した。チャンスは一度だけ。彼は巨獣に向かって、そろそろと忍び寄っていく! 30
2016-05-27 18:06:02【用語解説】 【ハンバーグ】 この世界にハンブルグがあるわけでもないが、いちいち「ひき肉を練って固めたものを焼いた肉料理」と描写すると長すぎるので同様の料理をハンバーグと訳す。キノコを培養して食べる帝都や都市国家には肉料理が少なく、ハンバーグなどは蛮族の料理である
2016-05-27 18:11:57